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初武漢 & 受賞リストを更新:Frontiers of Knowledge Award

2024年07月13日

報告が遅くなりましたが、5月8日 (水)〜12日 (日) に初めて武漢を訪れました。武漢大学の Yong Liu 教授は私が発見した IRE1 をマウスモデルで解析されている方で (最近 Nature Cell Biology に論文を出されています)、2018年の長沙での学会であった際に武漢に来てくださいと言われていました。が、ご存じのように、2019年に武漢から突如発生したコロナ惨禍で実現していませんでした。昨年北京の清華大学での学会であったのが、最近武漢大学の助教授になった Kai Liu氏で、2人が是非今年武漢に、と招待してくれました。

7日 (火) 関空で前泊し、8日早朝から中国東方航空便で上海を経由して武漢へ。Kai が迎えに来てくれ、東湖という大きな湖の辺りに立つ立派なホテルへ案内してくれました。

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毛沢東主席が定宿としていたところだとか。ところが部屋にしばらくいると気分が悪くなってきました。タバコ臭いのです。頭痛もしてきて、産まれて初めて部屋変更をお願いしました。ホテルの方がグーグル翻訳を使いながら英語での交渉。全館禁煙だからそんなはずはない、とか言われましたが、なんとか部屋を移ることができ、そこでは快適に過ごせました。Hong と Kai がそのホテルで夕食をご馳走してくれました。

9日 (木) 武漢大学へ。全国トップレベルの大学だそうですが、中に小中学校や商店街もある広大なキャンパスでした。 午前中あちこち案内された後、武漢大学で最も栄誉のある講堂で1時間の講演を行いました (左のポスター)。大好評だったようで、たくさんの質問が出ましたし、講演後に多数の学生が質問に来たり、一緒に写真を撮らせてと言ってきました。学生のあんな姿は初めて見た、ショックだったと Kai が言ったほどでした。夜は faculty members が一席設けてくれました。
武漢にはレベルのとても高い Tongji Medical School があるので講演して欲しいと Anbing Shi 教授 (中国で最も有名な cell biologist の一人だとか) から依頼され、11日 (土) 午前に行いました (右のポスター)。土曜日だったせいか、武漢大学ほどの熱狂はありませんでしたが、好評だったようです。

Bukan-4 Bukan-5 Bukan-6  私の向かって右隣が Yong Liu、左から2番目が Kai Liu。

 

 

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10日 (金)。Yong と Kai の大学院生3人が観光案内をしてくれました。Kai は車を持っていないし、院生の1人は外車を持っていて武漢出身なので地理に詳しいとのこと。まず博物館に連れて行ってくれました。呉越同舟で知られる越王の剣 (ピンボケしています) や、古代中国の遺物を興味深く見ました。たくさんの中国人観光客が訪れていて 館内はごった返していました。

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次は、東湖を見渡すことができる磨山山頂へケーブルカーで。帰りはソリで降りる客から悲鳴が。

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続いて、中国で最も有名な塔の一つ、黄鶴楼がある公園へ連れて行ってくれました。

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最後は揚子江ナイトクルーズへ。コロナ禍が明けた時に武漢ではここで花火で盛大に祝ったとか。夜はビル群が美しくライトアップされていました。風が心地よく、ビールがうまい。

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船内では、炎の付いた瓶のジャグリングの後に口内で炎を消すパフォーマンス、歌 (テレサテンの「時の流れに身をまかせ」も) 、踊りが披露されました。

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夕食は日本食レストランのつもりだったようですが、クルーズが終わったら入店できない時間になっていて、武漢の庶民が行く店に連れていてくれました、丸1日堪能しました。学生達に感謝。

12日 (日) 早朝の便で帰国する予定だったので、Tongji Medical School での講演後、空港近くのホテルに連れて行ってもらいました (写真下左)。この4日間、中国料理を美味しくいただいたのですが、武漢には揚子江が流れているというので (ここでは川幅はそれほど広くありません)、川魚を結構食べさせてくれました (写真下中)。私は魚を上手に食べるのですが、本当に久しぶりに小骨が何度か喉に刺さりました。子供の頃、ご飯丸呑みせよ、と言われた世代ですので、噛む回数を減らして何度も飲み込みましたが、チクチク痛くて難儀しました。

空港近くのホテルに11日 (土) の夕方、11期生の鍵山君が奥様とお嬢さんを連れて訪ねてきてくれました (写真下右)。商社マンで、2016年5月にインドのニューデリーで会ったことはブログに書いています。今は中国で、新幹線で来られる場所で働いています。インドの時は単身でしたが、今はとても素敵な家族持ちとなっていて、賑やかに夕食を取ることができました。ありがとう。

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今年は中学生チームが全国大会出場!

2024年05月24日

5月19日 (日) に少年剣道の全国大会予選 (3人制の団体戦) が武道センターで行われました。去年、小学生チームが全国大会出場を果たしましたので、シード権を有していたのですが、小6の選手が2日前の稽古で怪我をしてしまい、2人で臨みましたが敗れてしまいました。しかし、中学生チーム (右から先鋒・初葵、中堅・将勝、大将・樹) がシード校を初めて破って2勝し、7月31日 (水) に日本武道館で行われる全国大会の出場権を獲得しました!

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名誉教授 & 初上海

2024年04月18日

教授を7年間勤めると名誉教授になれます。4月4日 (木) に開催された授与式に出席して湊総長から賞状をいただきました (写真下左)。同期は70人ほどでした。

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4月5日 (金) から初の上海出張でした。関空で前泊して朝からANAで一っ飛び、2時間で上海につきました。空港出口で運転手が待っていてくれてホテルへ直行。立派なホテルにチェックイン (写真上中)。街は碁盤の目状になっていて、迷子にならずに近くを散歩しました (写真上右)。

招いてくれたのは Xplorer symposia “Misfolded Proteins: from Molecules to Diseases” で (写真左) オーガナイザーは去年11月に北京の清華大学で会った Boxun Lu で (写真中)、清華大学でのミーティングを主催した Yi Lin とも再会 (写真右)。
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今、中国はインパクトファクター至上主義となっていて、かな強引な話が多くありました。学位を取るにも3以上が必要とか (equally contribute だと2で割って、合計が3以上必要なのだそうです)。私は2日目のトップバッターとして、蜷川君と Ginto による ERADの genetic and biochemical analysis を話したら大好評でした。その夜、生歌付きの (写真左) ナイトディナークルーズに連れて行ってくれましたが (写真中)、あいにくの雨でした (写真右)。

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日本からは東京大の水島さんと順天堂大の小松さんが参加されていて、親しくお話しできました (写真左) 。私の隣は、IP3受容体のクローニングで高名な御子柴克彦先生、現在上海科学技術大学に移って研究を継続されています。ラボも見せてもらいましたが、10人もの大学院生を、スタッフなしで、直接指導されているとのこと。その気力と体力に感心してしまいました。上海科技大学は10年くらい前に新設された大学で (写真中)、広大で開放感のあるキャンパス (写真右) に全寮制 (家賃は月額2千円と破格の安さ)、レベルがどんどん上がっているそうです。

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3日目の昼でシンポジウムは終了、その後御子柴先生の、Peter とのバトルを学生たちに話してやってください、とのご依頼を受け、上海科学技術大学で90分間セミナー(最終講義の英語版) を行いました。その夜は、御子柴先生、研究所の所長さんたちととても上品な中華料理と赤ワインをいただきましたが、上海らしいところは全く見ずに終わった4日間でした。
 


最終講義 & 祝賀会 & B B Q

2024年03月30日

とうとうこの日がやって来ました。2003年11月から20年と5ヵ月在籍した京都大学大学院理学研究科を明日 (3月31日) 定年退職します。それに先立って3月23日 (土) に最終講義と祝賀会が行われました。吉田秀郎氏 (兵庫県立大学教授)、3’期生の小田裕香子さん (4月1日から京都大学大学院生命科学研究科教授)、16期生の陳 炳碩君 (4月1日から京都大学高等硏究院特定助教) の3人が準備と運営に大活躍してくれました。

final-1 最終講義は15時から京都大学百周年時計台記念館で行われました。タイトルは「小胞体ストレス応答に魅せられた35年 −理学での20年を中心に− でした。大入りとは言えませんでしたが、16期生で洛南高校の教師をしている寺野清明君が生徒さん達を多数連れて来てくれました (写真下左)。

講演内容はサブタイトル通りにしようと思っていたのですが、2月初めに行われたAMED-CRESTの成果報告会に来ていた吉田さんと小田さんから、そんな普通の最終講義を聞いても面白くない、私の研究の中で一番面白いPeter Walter とのバトルを話せ!と言われましたので、努力と工夫を重ねてそのバトルを生々しく話したら大好評でした。

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祝賀会は18時から京都ホテルオークラで、総勢100人で行われました (写真上右)。普通は定年退職祝賀会となるのですが、気持ちの落ち込みを抑えるため研究続行祝賀会としてもらいました (実際、4月1日から高等硏究院所属となり、薬学部内のレンタルスペースを借りて小規模で研究を続行します)。昔馴染みの石田玉美さんに司会をお願いし、無礼講の会にしたいと希望したら、その通りの楽しい会となりました。ご参加いただいた皆様に感謝申し上げます。

翌24日から、ラボの卒業生と高取山へ1泊旅行に出かけました。いつもなら肉以外は前日に買い物を済ませておくのですが、今回はそうできず、買い物に結構時間がかかり、1時からの体育館での運動には間に合いませんでした。4時半頃に到着し、いつも通りの大BBQパーティが行われ、16 kgの肉を完食 (写真左は全量の5分の1)、大いに飲んで、良い思い出となりました。ありがとう!

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謹賀新年2024

2024年01月08日

新年早々に発生した能登半島地震により多くの人命が失われました。心よりお悔やみを申し上げると共に、行方不明者の早期発見と1日も早い復興を願っております。

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そんな中ですが、1月7日 (日) に恒例の平安神宮奉納剣道錬成大会が行われ、本殿でのご祈祷に続いて、元気を被災地に届けよと、素振りと打ち込み稽古に励みました。

昨年10月末から超多忙な日々でした。ざっとご紹介します。

藤木幸夫先生が、研究題目「ペルオキシソームの創生機構と欠損症研究によるオルガネラ病概念の確立」により日本学士院賞を受賞され、その祝賀会が10月30日 (月) に博多で開催されました。長年のご苦労が報われましたこと誠におめでとうございます。

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翌日から博多で生化学会大会が開催されましたが、中座し、11月1日 (水) に北京に向かいました。福岡−北京の直行便 (大連経由で時間がかかりますが) は水日しかないからです。目的は、清華大学で開催された International conference on neurological disorders from mechanisms to therapy に出席することです。コロナ禍後初の中国です。VISA をとらなければならなくなったのが厄介です。清華大学はとても広い大学でしたが、北京はやはり空気が悪い。講演では齊藤君の無糖鎖型 Seipin の話をしましたが、好評だったようです。Anne Bertelotti と再会し、旧交を暖めました。おもてなしは素晴らしく、天安門広場、Summer Palace (共に地方からのお上りさんでとても混み合っていました)、清朝時代風のレストランと、いろんなところに連れて行ってくれました。

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11月9日 (木) の慶應医学賞受賞については、受賞リストをご覧ください。

11月12日 (日) 〜18日 (土) には、ショウ賞を出しているショウ財団主催の香港受賞者フォーラムに出席しました (私は 2014 年受賞)。Cathay Pacific で一っ飛び、VISA も不要です。元々、2021年開催として計画されていたのですが、コロナ禍のために2年延期となり、今年やっと開催されました。11月12日 (日) に今年と過去3年分の授賞式がまとめて行われ、その後受賞者達によるショーウィークの始まりです。陳君も若手研究者として選ばれて参加しました。

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Diana と Oscar という大学生が代わり代わり ambassador として付いてくれて何かと楽でした。香港人は鳩を食べるということで、財団の方に紹介してもらい、Oscar にローカルレストランに連れて行ってもらって初体験しましたが、なかなかの美味でした。

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いろんなプログラムが組まれていたのですが、私の役目はシャペロニン研究で有名な Dr. Hartl と一緒に「タンパク質の品質管理」について一般向け講演をすること、陳君のような選ばれた国際的若手研究者と朝食を1回ともにすること、他の2人の天文学賞受賞者と共に高校へ出向いて質疑応答することでした。Dr. Hartl は研究所の方なので一般向け講演にには慣れていない様子でしたたが、私は場数を踏んでいるので、噛み砕いて話をすることができ、好評だったようです。

今回も博物館等、色んなところに連れて行ってくれましたが、船から見る香港の夜景は素晴らしいものでした。

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コロナ禍が明けましたので、4年ぶりに高取山で11月26日 (日) 27日 (月) に研究室旅行を行いました。人数が減っているので、寂しいかなと思い、京産大潮田研と合同で行うことを提案したところ、30人弱が参加してくれ、体育館での運動・B B Q・2次会を楽しむことができました。金君が東京のバイオベンチャーに就職するので、その送別会を兼ねました。

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