森先生について

Dr. Mori is a leading researcher in 
the field of Protein Quality Control,
   focusing on the biological and
  physiological importance of the 
Unfolded Protein Response (UPR).

mori (at) upr.biophys.kyoto-u.ac.jp


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カーソルを当てたときに左下に虫眼鏡がでてくる写真はクリックすると拡大します

インド、プネーの石窟、続き(2つ下、5月25日のブログから読んでください)

2016年05月26日

(3)Bedse caves(学生達も初めて訪れる、まさに秘境という感じのところでした、何度も何度も道を尋ねてやっと到着)

山に囲まれた草原に登山道出現。かなり急な坂をかなりの時間かけて登りました。中:下からの写真。右:上からの写真。
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(1)の石窟よりやや小さい規模。管理人もいないので、学生達はよじ登りました。
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登山道を降りる途中で、学生達は野生のマンゴー取り。
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帰り道、映画「エヴェレスト、神々の山嶺」で阿部寛が住んでいた麓の山のようなところを通りましたが、ここでも子供達はクリケットに興じていました。右の写真はプネー大学で最も古い建物。以上です。お楽しみいただけましたでしょうか。


インド・プネーの石窟

2016年05月26日

ニューデリー観光を終えてプネーへ。学生が迎えに来てくれてゲストハウスへ。エアコン完備の広い部屋に宿泊させてくれました。9日夜は学生達がレストランへ、10日夜は大学側がレストランへ連れて行ってくれましたので、やはりカレーばっかりでしたが、とても美味しくいただきました。インドでも都会だといい感じですね。コルコタは産業のない貧しいところでしたが、プネーは今発展中の都市でした。

3India-1 10日は朝6時出発で (渋滞を避けるため、写真のように明るくなり始めた頃)、学生達が車で観光に連れて行ってくれました。3カ所の石窟めぐりです。今回の旅では、インドの石の文化を存分に味わうことができました。いずれの石窟も紀元前2世紀頃から岩山に彫られたもので、その大きさに圧倒された感があります。 細かな装飾も施されていました。本当にどうやって彫ったのでしょうか。ガイドブックにも載っていない場所ですので、写真でお楽しみ下さい。アップアンドダウンを良く歩きました。明け方、雷とともに大雨が降ったので、さわやかな一日となり、ラッキーでした。心地よい疲れで、Public lecture に臨むことができました。

(1)Bhaja caves(管理人がいるだけで、あまり人は訪ねてこない様子です)

山に囲まれた平原に(遠くの山が水平に切り取られているように見えますが、集団で住んでいた様です、敵の攻撃から守りやすかった)、舗装された登り坂があり、しばらく行くと石窟が現れました。早朝に着いたので、まだ管理人が来る前でした。
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石窟の全容
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案内してくれた学生達と (後列右のひげ男が招待メールをくれた Pravin)、ストゥーパ (釈迦が荼毘に付された際に残された仏舎利を納めた塚)、彫刻。
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(2)Karla caves(仏教寺院、完全に観光化されていて、登山道の両脇に店が並んでいました)

規模はさらにスケールアップ。ホントにビックリな大きさでした。
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全ての壁に見事な彫刻。
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柱の上にも人と動物の彫刻。全て模様が異なっています。
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2回目のインド、ニューデリー&プネー

2016年05月25日

5月8日 (日) 〜12日 (木) にインドへ行ってきました。去年の12月のコルコタ行きでインドには懲りた感があったのですが、3月初めにプネー (インド南西部) の学生から、学生主催の細胞生物学ミニシンポジウム (第2回、学生が企画から運営まで全てを担当するのが主旨) に出席して講演して欲しいという招待メールが届きました。今回は旅費を出してくれる、学生からの招待は断りにくい、たまたまその週の講義は金曜日のみ、と3つ重なったので、招待を受けることにしました。首都ニューデリーと現地プネーで半日ずつの観光をしたのですが、それらについては後回しにします。5月は最も気候がよい月だろうと勝手に想像していたら、真逆で、インドでは1年の中で5月が最も暑い月なのだそうです。覚悟して行きましたが、日頃の行いが良いせいか、観光したときだけ気温がさほど上がらず、ラッキーでした。全体的に、今回のインド旅行はとてもよく、また来てもいいなあとインドを見直すよい機会となりました。  

依頼は2つありました。10日 (火) に学部生・修士学生向けの Public lecture、11日 (水) のミニシンポジウムで特別講演を行うことです。

旅費を支給してもらうためにはインド航空のエコノミー使用が条件で、フライトスケジュールを調べてもらうと、9日 (月) 朝に伊丹空港を発つと、成田空港を経てその夜にプネーに着くことができるのですが、ニューデリーでの乗り継ぎ時間が1時間半しかありません。インド航空はよく遅れるというので、余裕を持って8日 (日) 朝に伊丹空港を発ってニューデリーで一泊することにしました。行きの飛行機は空いていて、3席分使えましたので、横になって少しの間うとうとでき、その後はスライド作成に専念することができました。 

10日 (火) 午後4時からのPublic lectureでは、去年の3月に第7回 HOPE meeting (日本学術振興会主催) で行った講演「田舎者の少年がどうやってラスカー賞受賞者になったか?」にさらに磨きをかけた講演を行うと、これがほとんどの聴衆に大好評でした。
https://www.jsps.go.jp/hope/img/7th_HOPE_Meeting_Report.pdf

大学の建物の建築に関わっている年配の方も聞きにきてくれ、自分は生物学者ではないが、よくわかったと言ってくださいました。質問をしてくれた学生が、講演後に演壇まで来てくれ、私の講演の案内チラシをみて随分と遠くから聞きに来てくれたことがわかり、さらに一緒に連れてきた高校生の妹さんに至っては、感極まって泣きそうな表情をしているではないかですか。私の思いが伝わったという感慨にひたりました。

2India-1 11日 (水) 朝からのミニシンポジウムでは私がトップバッターで、小胞体ストレス応答について酵母を使った解析の最初から最新のメダカを使った生理的小胞体ストレスの解明までを45分で話し、これも好評でした。インド人は早口なので、質問を聞き取りにくく、ちょっと困りましたが。右のように楯をもらいました。

講演後昼食を取った後、車でムンバイ (旧ボンベイ) 空港まで送ってもらいました。木曜日に日本に着くには、水曜日夜にムンバイ発の飛行機に乗らなければならないのです。コルコタでの車の猛スピードに辟易していましたので、安全な運転手を雇ってくれと頼んでおきました。この運転手が他車を追い越す度にクラクションを鳴らす (追い越す車がフラフラ寄ってこないようにするため、彼はそれが安全運転だと信じている) のに閉口しましたが、運転技術は確かな人でした。3時間半かかるといっていましたが、2時間半で着きました。高速道路は良く整備されていて景色も良く気持ちの良いドライブでした。ただ、インターチェンジがなく、都市部に来ると信号のあるゴミゴミした町中を通るのがちょっと奇妙でしたが。

8日 (日) に戻ります。11期生の鍵山君が商社マンとしてニューデリーで働いていますので、事前に連絡をとったら、空港まで迎えに来てくれました。空港近くのホテルまで車 (運転手とエアコン付き) で送ってくれ、さらにレストランに連れて行ってくれました。インドにはべジタリアンが多く、料理はベジタリアンとノン・ベジタリアン (チキンとマトンのみ) 用に分かれています。それぞれ盛り合わせを1皿ずつ頼んだらお腹一杯でメインに進めませんでした。ビール2杯ずつ、ワイン1本、盛り合わせ2皿ずつで、何と2万円!インドのレストランの値段の高さにビックリでした。

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翌日も鍵山君が休みを取って (私も休暇取得) 車で観光案内をしてくれ、とても効率よく名所を見て回ることができました。インド門 (第1次世界大戦で戦死したインド兵士の慰霊碑、上段左)、レッド・フォート (ムガル帝国時代の赤い城、月曜日なので休館、上段中)、フマユーン廟 (ムガル第2代皇帝の墓、上段右)、クトウブ・ミーナール (下段左) で、インド門以外は世界遺産に登録されています。ミーナールはモスクの尖塔のことで、インド最初のイスラム王朝である奴隷王朝がヒンドウ教徒に対する勝利を記念して建てたもの。脇には高さ7mの鉄柱が立っていて、未だに錆びていないとのこと (下段中)。未完成の塔もありました (下段右)。

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レッド・フォートから目抜き通りを歩きました。饐えたような強烈なにおいが発せられていましたが、とてもエネルギッシュでした。

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ここらあたりはガイドブックに載っている名所ですので簡単に紹介し、プネーでの観光を別項目でたっぷりご紹介します。お楽しみに。


院生募集欄の更新

2016年03月05日

院生募集欄に、昨年6月に開催された海外学会に参加した D3 山口君の感想文を掲載しました。こんなに遅くなったのは本人のせいです。


初インド、酵母生物学国際学会@コルカタ(旧カルカッタ)

2015年12月16日

9th International Conference on Yeast Biology から招待を受けて (往復の飛行機代は出してくれませんでしたが)、12月9日(水)から13日(日)までコルカタ (旧カルカッタ) に行ってきました。

初インドですので、衝撃はいくつもありました。学会で発表するためには VISA が必要なのですが、主催者側が半年前から申請しているにもかかわらず、なかなか書類が届きません。主催者側は何度もプッシュするのですが効果はなく、遂にもうこれ以上待てないという段階になって、主催者がニューデリーまで飛んで直談判してやっとギリギリで書類が届きました。インドでの商売は難しいと聞いていましたが、その一端を垣間見ました。

今回は、酵母から始めて大きく発展した小胞体ストレス応答の話をしてほしいというので招待を受けましたが、私の研究室ではもう酵母の研究は行っていませんので、学会自体にはあまり興味を持てず (後で述べるように別の目的がありました)、プログラムさえ印刷して行きませんでした。タイ航空を使い、関空午前11時発、バンコック16時着 (時差2時間で、飛行時間は6時間半程) まで良いのですが、コルコタ行きは深夜便しかなく、8時間近く待って午後11時半頃出発して翌朝午前1時前に着き (時差さらに1時間半で、飛行時間は2時間半程) でした。通常なら、宿泊先の情報をしっかり印刷して持っていくのですが、今回は主催者がボランティアの学生2人を迎えに行かせるというので、VISAもあることだし安心して、宿泊先情報を何も持たずに、迎えに来る学生2人の名前と連絡先だけを印刷して行きました。すると、入国カードに宿泊先の情報を書き込まないと入国させないと言われるのです。上記の説明をしてVISAが発行されいるではないかと主張しても全く聞き入れられません。困っていると (自分の携帯電話を海外で使う方法がわかっていなくて)、親切な係員が迎えの学生の携帯に電話をかけて情報を入手してくれたので、なんとか入国できましたが、冷や汗ものでした。彼らに出会ったのは午前2時頃でした。そこから車で連れて行ってくれてゲストハウスの部屋に入ったのは午前3時頃、関空のホテルを出発してから22時間が経っていました。

空港からの道路の舗装はみすぼらしく、土ぼこりが舞い上がる中を猛スピードで走ります。深夜なので信号もほとんど無視です。後でわかったことですが、ここではやはり渋滞がひどく、みんな少しでも先を急ごうとクラクションを鳴らし続けて車を走らせます。前後左右の間隔は本当にギリギリです。もし事故になったときにクラクションを鳴らさなかったじゃないかと文句を言われるかのように皆が鳴らし続けるので (車だけでなくバイクも)、昼間の会議中も鳴り続けるクラクションの音に閉口してしまいました。帰りにも空港まで車で送ってくれたのですが、まるで3Dゲームをやっているかのごとく追い越しを続けるので本当に肝を冷やしました。やはり貧富の差が激しいのは一目瞭然ですし、この国には住めないなあというのが実感です。

会議場は Indian Association for Cultivation of Science という研究所でした。左下の写真の正面奥が講演会場、右下の写真奥の白い屋根の下が食事会場です。

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旅行会社の人から気温は30度近いと聞いていたので心配していたのですが、行ってみるとちょっと湿度が高いですが、気温はちょうど良い感じでした。部屋の天井のファンを緩く回すと気持ちよく寝ることができましたし、会議室の冷房も効き過ぎてはいなかったので、半袖で過ごすことができました。ただし、旅費をくれないのにもかかわらず人使いは荒く、午前3時に着いた木曜日の午後からのセッションの座長をさせられましたし、ポスター発表から優秀賞を選ぶ作業もさせられました。おまけに研究所なのでバーはなく、バーが備わっていない会議場での集会に参加する初めての機会となりました。バンコックの空港でお酒を買って行ってよかった。金曜日午前中の発表は招待講演なのに質疑を含めて30分しかもらえなかったので、大急ぎで酵母から、哺乳動物、マウス、メダカと進んでいった成果を話しましたが、とても好評だったようです。

食事はやはり毎度カレーで (インド人から見ると別メニューなのでしょうが、下左)、バンケットでもカレーでした (下中央)。下右の写真は招待講演者と主宰者の Das 夫妻。

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コルカタでは他の地域と比べて魚をよく食べるそうで、フライにした魚が毎食でていました。生野菜を食べるとヤバいというので避けていたら、下痢はせずに済みました。バンケットでは招待講演者と学生は別の部屋に案内されました。バンケットの食事会場では酒を飲めない決まりになっていて、学生は酒なし、我々は1階上でつまみをいただきながら飲酒した後に会場で食事をいただきました。インドでは路上での飲酒は禁止されていて、レストランかバーに行かなければ飲酒できないのだそうです。路上には多くの露店がでていましたがアルコールは提供していないそうです。日本とは大違いです。

India7 今回の渡航の大きな目的は、あるインド人学生と会って面接することでした。私の研究室の大学院生になりたいというメールは数多く届くのですが、米国と違って授業料や給与を払うことができないので、全員一律で日本政府の国費留学生大使館推薦に応募して奨学金を得るようにと返事します。ほとんどの場合それで縁切れとなるのですが、Ginto George君が1次試験に通ったから、2次試験も通ったら受け入れるという手紙を書いてほしいと連絡してきました。書いて送りましたが、残念ながら2次試験は不合格となりました。でも1次試験に合格したのなら見込みがあるかなと思い、今度コルコタに行くから面接を受けにくるかと尋ねたら行きますと返事してきたのです。会ってみると、ヒゲがもみあげとくっついていて、顔の周りが真っ黒な毛で覆われているというユニークな出で立ちでした。ちょっと発音に癖のある英語でしたが、熱心に話すし、生化学の実験はよくできて (修士課程終了後、2年程 junior research assistant として勤務しています)、うちにはいないタイプです。会場でも物怖じせずに質問するし、何よりgood scienceをして博士号を取りたいという熱い気持ちを持っているので、国費留学生大学推薦に挑戦することにしました。この競争もかなり厳しいのですが、うまくいくように書類作成に励みます。

会議ではプログラムが詰まっているし、みんな時間を守らずに長く話すので、中身がビッシッリでした。それでも木曜日夜には cultural program、現地の歌や踊りをいろいろと見せてくれました。

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土曜日昼過ぎに会議が終了し、昼食後、出発 (なんと日曜日午前2時に飛行機が出発、バンコックを経て大阪には日曜日午後6時到着) までに時間があるので、ボランティア学生2人が4人の外国人招待者と一緒に市内観光に連れて行ってくれました。ビクトリア記念博物館、セントポール寺院等、英国支配時代の建造物を見た後、ガンジス川河畔へ来ました。この場所ではそれほど川幅は広くありませんでしたが、ゆったりとした流れでした。この日はちょっと暑くて汗だくになりましたが、中華レストランでいただいたインドビールは格別でした。

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今回、タイ航空を使うとバンコックで8時間近い待ち時間があることはわかっていましたので、事前のプランではバンコック市内に出かける予定でした。ところが、テロの恐れがあるから観光地には行くなという外務省からの通達が来た上に、京大剣道部で2つ下の寺尾治彦君 (専門物理、奈良女子大学教授) が病気で急逝したとの連絡が奥様 (HSP研究所の同僚、名古屋大学教授) から日曜日に入るというとてもショッキングな出来事があり、このインド出張のために葬儀にも出られませんでしたので、空港でじっとしていました。京大剣道部で2つ上の医師藤沢先輩が言われた「50歳過ぎたらいつ死んでもおかしくないよ」が身に染みます。まだ中学生のご子息を残してさぞ無念でしょうが、寺尾君のご冥福を心よりお祈りします。


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森研究室鍵論文

  • EDEM2 initiates mammalian glycoprotein ERAD by catalyzing the first mannose trimming step.
    J. Cell Biol., 2014
  • ATF6α/β-mediated adjustment of ER chaperone levels is essential for development of the notochord in medaka fish
    Mol. Biol. Cell, 2013
  • Induction of Liver Steatosis and Lipid Droplet Formation in ATF6α-knockout Mice Burdened with Pharmacological Endoplasmic Reticulum Stress
    Mol. Biol. Cell, 2010
  • ATF6 is a transcription factor specializing in the regulation of quality control proteins in the endoplasmic reticulum
    Cell Struc. Func., 2008
  • Transcriptional induction of mammalian ER quality control proteins is mediated by single or combined action of ATF6α and XBP1
    Dev. Cell, 2007
  • A time-dependent phase shift in the mammalian unfolded protein response
    Dev. Cell, 2003
  • XBP1 mRNA is induced by ATF6 and spliced by IRE1 in response to ER stress to produce a highly active transcription factor
    Cell, 2001
  • Mammalian transcription factor ATF6 is synthesized as a transmembrane protein and activated by proteolysis in response to endoplasmic reticulum stress
    Mol. Biol. Cell, 1999
  • Identification of the cis-acting endoplasmic reticulum stress response element responsible for transcriptional induction of mammalian glucose-regulated proteins; involvement of basic leucine zipper transcription factors
    J. Biol. Chem., 1998
  • Endoplasmic reticulum stress-induced mRNA splicing permits synthesis of transcription factor Hac1p/Ern4p that activates the unfolded protein response
    Mol. Biol. Cell, 1997
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