研究内容

UPR研究がガードナー賞を獲得するまでの経緯(上級者向け)

私の研究テーマは、「タンパク質の形がおかしくなったとき細胞はどう対応するか」である。タンパク質がゲノム情報によって規定された機能を果たすためには、その立体構造が正しくなければならない。1950年代に「タンパク質はアミノ酸配列に基づいて自発的に折り畳まれる(つまりエネルギーも不要)」と提唱したAnfinsen博士が1972年にノーベル化学賞を受賞し、これがAnfinsen’s Dogmaとして定着したため、1980年代初め頃までは、タンパク質の高次構造形成は簡単なことだと見なされていた。

しかし、1980年代中頃から細胞の中でも本当にそうだろうかという問いかけが始まり(Anfinsen’s Dogmaは精製したタンパク質を使った試験管内の実験結果に基づいている)、調べていくと細胞内はタンパク質の高次構造形成にとってかなり不利な環境であり、自発的な折り畳みは極めて非効率であることがわかった。その理由として、細胞内のタンパク質濃度が非常に高いため、高次構造を形成する途中で、疎水性アミノ酸間に不適切な相互作用が生じてしまい、誤った高次構造をとったり、凝集してしまうことが挙げられる。この問題を克服するために細胞は、疎水性アミノ酸に結合して誤った相互作用が起こらないようにし、タンパク質の高次構造形成を助けるタンパク質を用意していることがわかった。このようなタンパク質に分子シャペロンという名前がつけられたのが1988年のことである(皆さんのイメージよりずっと最近のはず。そう、若い分野なのだ)。

小胞体のイメージチェンジ

細胞質やミトコンドリアのタンパク質は遊離のリボソームで、分泌タンパク質や膜タンパク質(以後分泌系タンパク質と呼ぶ)は膜結合性リボソームで合成される。その膜結合性リボソームが結合している小胞体は、分泌系タンパク質が目的地へ到達するまでの通り道として認識されていたが、1980年代後半から、米国のHelenius(現スイス)らとGething(現オーストラリア)が独立して、分泌系タンパク質は小胞体で高次構造を形成し[そのため小胞体には分子シャペロンや高次構造形成にかかわる酵素類(以後小胞体シャペロンと総称する)を多量に含んでいる]、ここで正しい高次構造を獲得したタンパク質のみがゴルジ装置以降の分泌経路に進んでいくことを明らかにした。つまり、小胞体のイメージが単なる廊下のようなものから、タンパク質の出来不出来をチェックする関所へと変貌したのである。

一方で、1970年代半ばには、ラウス肉腫ウィルスによって哺乳動物細胞を形質転換すると、2つのタンパク質の合成量が亢進することが報告されていた。しかし程なく、これらのタンパク質の誘導は細胞癌化に直接関係するものではなく、癌細胞の増殖速度が速まるために培地中のグルコースが枯渇してしまうことによる二次的な現象であることがわかった(PNAS, 1977)。つまり、正常細胞の培地からグルコースを除去してもこれらのタンパク質は誘導される。そこでこれらのタンパク質は、培地中のグルコースによって発現量が調節されているglucose-regulated proteinということで、分子量をつけてGRP78、GRP94と命名された。1980年代半ばには、免疫グロブリン重鎖と細胞内で結合しているタンパク質として単離された(Nature, 1983)BiP (Immunoglobulin-heavy chain binding protein)とGRP78が同じ分子であり、小胞体内に存在するメジャーな分子シャペロンであることが示された(Cell, 1986)。さらにGethingらは、小胞体に高次構造の異常なタンパク質unfolded proteinが蓄積するとGRP78とGRP94が転写誘導されることを証明した(Nature, 1988)。

つまり、小胞体内の折り畳み状況が悪くなって高次構造の異常なタンパク質が蓄積すると、異常タンパク質を修復するための小胞体シャペロンが転写誘導されるという恒常性維持機構を細胞が備えていることが明らかになったのである。この応答はUnfolded Protein Response (UPR)もしくは小胞体ストレス応答ER Stress Responseと呼ばれている。

私は1989年4月、こういった研究の流れの中に、Gething研のポスドクとして身を投じた。与えられたテーマは、酵母のUPRを担うシス配列の決定であった。UPR発見の契機となった1988年の実験(by ポスドクの小堤さん−現在京大院生命科学教授)は哺乳動物細胞を用いて行われたのだが、Gething研では出芽酵母を用いてUPRの分子機構解析を行うことにした。これが実に賢明な方針であった。GRPが同定されてからその誘導機構の解析が哺乳動物細胞を用いて1980年代に進められたのだが、やはり哺乳動物の機構は複雑で中々核心に迫れていなかった。その点、酵母のシステムはシンプルである可能性があったし、何より遺伝学的解析を行うことができるという点が魅力的であった。

大学院生のNormintonとポスドクの河野さん−現在奈良先端大教授−が酵母のGRP78/BiPをクローニングし、酵母にもUPRが存在することを実証した(Cell, 1989)。河野さんが酵母GRP78/BiPのプロモーター領域をクローニングして5’側からの欠失変異体を作製解析し、UPRに関与するシス配列が存在する領域を大まかに決めたところで私にバトンタッチ。私は狙いを絞った10bpの欠失変異体の作製と解析から始めることができた。実験は順調に行き、酵母GRP78/BiPのプロモーター領域上に存在するシス配列をUPREとして同定した(EMBO. J, 1992)。ここまではGething研の独走。

ピーターとしのぎを削る

UPRは小胞体から核への細胞内情報伝達を伴う転写誘導機構であるので、小胞体ストレスを感知し細胞質側へ伝達する仕組み、転写を実行する仕組み、小胞体膜を越えたシグナルを転写因子に届ける仕組みの少なくとも3つがあって初めて成立する。これらのステップを担うタンパク質を同定するために遺伝学解析を行った(大学助手の職を捨てて30歳で渡米していた私は、こんな一か八かの博打でもして大穴を当てなければアカデミックポジションに戻れないと腹をくくっていた)。

まず、UPREをβ-ガラクトシダーゼ遺伝子に繋いだレポーター遺伝子を活用する青白スクリーニングによりUPR変異株を単離し(半年かけて10万個の酵母から3個探し当てた)、その変異を相補する遺伝子としてIRE1を同定した(もう半年かかった。中々クローニングができず、酵母GRP78/BiPの解析をCellにback to backで出したPrinceton大学のグループにプレッシャーをかけられ、自律神経失調症様の体調不良に苦しんだ時期もあった)。

IRE1は小胞体膜を貫通するI型の膜タンパク質で、その細胞質領域にはCDC28に似たタンパク質リン酸化酵素ドメインが存在する。出芽酵母約6,000個の遺伝子の中でも、膜貫通型のタンパク質リン酸化酵素はIRE1のみであり、高等動物の細胞膜上に多数存在する受容体型タンパク質リン酸化酵素のプロトタイプと考えられる。当時既に明らかにされていた受容体型タンパク質リン酸化酵素の活性化機構からの類推で、小胞体内に構造異常タンパク質が蓄積すると二量体化と自己リン酸化によりIRE1は活性化し、小胞体内部の情報を細胞質側へ伝達すると考えられ、その傍証も示した。

しかしIRE1のクローニングの段階で、ガードナー賞共同受賞者のPeter Walterが突如乱入。同様のUPR変異体単離によるIRE1のクローニングと表現型の解析のみで(タンパク質レベルの解析なしに)Cellに先にねじ込んだ(Cell, 1993, 6月18日号)。当時の主編集者Benjamin LewinとのnegotiationというPeterならではの荒技が使われていた。一方、我々の論文は必要とされるほとんど全ての内容を含んでいたため、Cellでは極めて異例なことだが、2ヶ月遅れで掲載が実現した(Cell, 1993, 8月27日号)。

この遺伝子は、その前年九工大の仁川純一先生がイノシトール要求性の変異株を相補する遺伝子として単離したInositol requiring 1と同一であることからIRE1の名前が使われている。兎にも角にもこの1993年の2つのCellの論文によりUPRもしくは小胞体ストレス応答という新分野が開拓されたと広く認識されており、今回の受賞となった。では何故、Gething研のポスドクであった私が受賞したのか?という疑問を持たれるであろう。私はこのCellの論文を置きみやげに帰国し、1993年10月からは京都にあったエイチ・エス・ピー研究所に勤めるのだが、私が去った後のGething研ではUPRに関する論文が全く出なかったのである(特に1995年頃に故郷のオーストラリアに帰ったあとは研究がほとんど進展しなかった)。Gething研側代表としてPeter Walterという大巨人相手に孤軍奮闘したのが私だったから、Peterと私が選ばれたのである。

イントロンが翻訳を抑制する

IRE1がとれたら次は転写因子だ。しかし不思議なことに、遺伝学スクリーニングによってIRE1はとれても、誰も転写因子をとることができなかった(私の3つの変異株は全てIRE1に変異が落ちていた)。Peterは酵母での定法通り、マルチコピーサプレッサー法を用いて探索した(勿論後でわかったことだが)。

帰国した私が採用されたエイチ・エス・ピー研究所は、京大ウィルス研を定年退職された由良隆先生が所長の産官共同プロジェクト(当時の厚生省の下部組織の医薬品機構と民間4社が共同出資した7年の時限付き)。株式会社組織なので、どの程度自由度があるのか全くわからなかったが、いざ蓋を開けてみると由良先生は全く自由に研究をさせてくれた。おかげで酵母UPRの研究に専念でき、転写因子のクローニングに着手した。

ただしここで、由良先生から一つだけ注文が出た。エイチ・エス・ピー研究所は転写を中心に研究するので、センサー分子IRE1と目的転写因子の間をつなぐ分子が次々ととれるかもしれないマルチコピーサプレッサー法ではなく、転写因子を直接とることができる方法でクローニングしなさいと。これは私にとってかなり厳しい条件で、実際に転写因子同定に苦労することになった(当時は今と違って質量分析の手法が発達しておらず、転写因子を精製してもアミノ酸配列を決めるのが難しい状況だったので、精製という正攻法は採用しなかった)。しかしその苦労のあげくにone-hybrid法を思いつくことができ、2年弱かかって酵母の転写因子をコードする遺伝子HAC1をクローニングすることに成功した。one-hybrid法はtwo-hybrid法の変形なので、どの生物種の遺伝子クローニングにも応用することができる。このため哺乳類の解析を始めたときに、同じやり方でATF6とXBP1という2つの極めて重要な転写因子を同定することができた。もし、マルチコピーサプレッサー法で酵母の転写因子をクローニングしていたら(Peterはこの方法を使ったので、そこで止まった)、今日の哺乳動物小胞体ストレス応答解析の発展はなかったかもしれない。全く持って由良先生の先見の明に敬服している。

HAC1の解析を終え、喜び勇んで1996年にCellに投稿したが、活性化機構までやるべきとの返答でrejectの憂き目に。Peterの研究が進んでいるという噂が耳に入り、由良先生の薦めで発刊されたばかりのGenes to Cellsに投稿しアクセプトされた。HAC1の活性化機構ですごく面白い現象を見つけていたので、これでCellに再挑戦だと意気込んでいた矢先、Peterの論文(HAC1の同定と活性化機構の両方を含む)がCellに出ると知り絶句。奈落の底に突き落とされた。

HAC1タンパク質は小胞体ストレス下でのみ検出され、その発現はIRE1依存的なHAC1 mRNAのスプライシングによって制御されているというのが活性化機構の要点で、mRNAスプライシング(しかもスプライソソーム非依存的な)がシグナル伝達に使われていることに新奇性があった。しかし驚いたことに、同じ現象を見ているにもかかわらず、Peterと私とでは「HAC1タンパク質が小胞体ストレス下でのみ検出される」機構について考えが全く違っていることに気がついた。スプライスアウトされるイントロンの5‘端がHAC1 ORF内にあるため、ベーシックロイシンジッパー領域を含むN末端220アミノ酸は共通であるが、前駆体型mRNAがコードするタンパク質と成熟mRNAがコードするタンパク質とではC末端アミノ酸が置き換わっている(前駆体型220+10=230、成熟型220+18=238)。Peterは、前駆体型mRNAも成熟mRNAも翻訳されているが、前駆体型Proteinは不安定なため検出されず、C末端が置き換わった成熟型Proteinは安定化して検出されると考えた(Cell, 1996, 11月1日号)。一方、私はイントロンに翻訳抑制作用があり、前駆体型mRNAは翻訳されないために前駆体型Proteinは検出されないが、イントロンが除かれた成熟mRNAは翻訳されて成熟型Proteinが検出されると考えた。

Cellに掲載された実験結果を覆すなんて到底無理とほとんどの人が思ったであろう。私の説が正しいと思っていたのは、私と一緒に仕事をしていた川原哲史研究員(持田製薬から出向中)の2人だけだったかもしれない。時間との戦いでもあったのでとにかく必死で実験し、1年近くかけ3回の差し戻しを経て遂に論文を通すことに成功した(MBC, 1997, 10月号)。多分Peterのところでは、ストーリーが先行し(当時脚光を浴び始めていた低酸素で活性化される転写因子Hypoxia-inducible factor等の機構に影響を受けすぎたのかもしれない)、実験していた大学院生がプラスミドの作り方を間違えるというチョンボをしていたのを見過ごしていたのだった。1996年暮れのアメリカ細胞生物学会で論争を挑んだ時は一蹴された形だったが、その後Peterもチョンボに気づいたようで、自ら訂正する論文を出した(Current Biology, 1997, 10月17日オンライン掲載)。投稿論文到着から掲載まで1ヶ月半という荒技がここでも使われていた。

兎にも角にも現在では私の説が定着している。ただし、私はこれ以降哺乳動物の解析に軸足を移し、Peterとの不毛な戦いを避けたので、HAC1のイントロンがどのような機構で翻訳を抑制するかについては、Peterが解明している(Cell, 2001; Nature, 2009)。さすが大巨人である。特に2009年のNatureの論文はすばらしく、完全に見直した。また、HAC1 mRNAのスプライシング機構についてもPeterが大部分を明らかにしている。IRE1のタンパク質リン酸化酵素ドメインのさらにC末端側にリボヌクレアーゼドメインが存在し、二量体化によって活性化されたIRE1が直接HAC1 mRNAを切断するのである(Cell, 1997; Science, 2003)。切断されたmRNAはtRNA ligaseによって連結される(Cell, 1996)。

では、mRNAが翻訳されるかどうかでHAC1 Proteinの発現が制御されているとしたら、スプライシングの結果HAC1 ProteinのC末端が置き換わることに何か意味があるのだろうか?私は、成熟型ProteinのC末端18アミノ酸が転写活性化ドメインとして機能することを証明した(PNAS, 2000)。つまり、スプライシングによってイントロンが除去されると、翻訳が行われるだけでなく、イントロンによって分断されていたN末端のDNA結合ドメインとC末端の転写活性化ドメインが合体し、高い転写活性化能を持つ転写因子が合成されるのである。逆に言うと、小胞体ストレスが生じないときに誤って翻訳が解除される場合があるかもしれないが、その時に合成されるHAC1 Proteinの転写活性化能は弱いので、悪影響を及ぼさない(ストレスがないときに小胞体シャペロンが過剰発現すると細胞の増殖が阻害されることが知られている)、というfail-safeの機構になっていると考えている。

こうして酵母UPRの分子機構が、異常タンパク質の蓄積→IRE1の活性化→HAC1 mRNAのスプライシング→HAC1 Proteinの発現→UPREを介した転写活性化として理解されるようになった。

哺乳類は何が違う?

エイチ・エス・ピー研究所は株式会社組織であったので、やはりヒトのUPRを解析して創薬へと結びつけろというプレッシャーがあった。HAC1が取れそうになった1995年頃、私と川原研究員だけで酵母もヒトもという訳にはいかないので、周りを見回してみると、いたいた、浮いた研究(それも先行き大化けしそうにない研究)をしているのが。誰あろう、現在も同僚でゲノム情報分野准教授の吉田秀郎氏である。彼を熱心に口説き(彼には脅迫に近いものだったらしい)、グループに入ってもらった。この人選は最高のもので、1年後には酵母のUPREに相当する哺乳類のシス配列をERSEとして同定してくれた(発表はJBC, 1998)。先に述べたように、哺乳動物GRPの転写誘導機構は1980年頃より解析され、論文も多数出ていたがいずれも複雑であり、小胞体ストレス下で多数の小胞体シャペロンが誘導されてくると言う現象を統一的に説明することができていなかった。また、酵母UPRとの関連も全く見いだせていなかった。吉田氏によるERSEの同定が、哺乳動物UPR解析の本当のブレークスルーとなった(ERSEを用いたレポーター遺伝子のリクエストは今でもしょっちゅう来ている)。

シス配列が決まったら次は転写因子。酵母HAC1の同定に成功したone-hybrid法を使ってもらうと、吉田氏は600万個位のスクリーニングから2つの遺伝子(ATF6とXBP1)を拾い上げた。これがまたまた大当たり。時間はかかったが、共に哺乳動物UPRで非常に重要な働きをしている転写因子であることを証明することができた。時間がかかったのには理由がある。共に普通の転写因子ではなかったのだ。ATF6は転写因子でありながら、小胞体膜を貫通するII 型の膜タンパク質として合成されており、小胞体ストレス依存的なプロテオリシスにより活性化された(MBC, 1999)。プロテオリシスによって活性化される小胞体膜結合性転写因子としては、SREBP(細胞内コレステロールの恒常性維持に働く)がノーベル賞受賞者のBrown & Goldsteinによって初めて発見されていたが、ATF6はその2番目の例となった。テキサス大学時代に別のDepartmentを主催しておられたこの2人の近くに行き着くとは何とも奇遇。UPRの分野まで支配されるのではないかとの恐怖心を持ったが、幸い同じプロテアーゼ(Site-1 proteaseとSite-2 protease)がSREBPとATF6を切断することを証明して彼らは満足してくれた(Mol. Cell, 2000)。ATF6の同定は、哺乳動物では酵母とは全く違った機構が働いていることを意味しており、我々の発見は当時驚きを持って迎えられた。

ATF6の論文も最初はCellに投稿したが、うまくいかなかった(Lewinの次のCell主編集者はPeterの弟子)。しかし、2000年5月26日号のCellにMinireviewを単名で執筆するという栄誉を与えられた。この総説は好評を博し、少し気持ちが落ち着いた。

では当時の世界の情勢はどうだったかというと、酵母でIRE1とHAC1が同定されたので、皆その哺乳類ホモログ探しに躍起になっていた(我々は由良所長の方針に従って転写因子のみに焦点を当てたが)。その結果、1998年に米国のKaufmanとRonの2つのグループによりIRE1の哺乳動物ホモログが単離された(Genes Dev.; EMBO. J, 1998)。しかし、誰もHAC1のホモログをとることができず、研究が数年停滞していた(後でわかったことだが、哺乳動物ゲノムにHAC1は存在しないのだ)。そんな中、執念深く研究を続けていた吉田氏が、XBP1こそが(一次構造はかなり違うが)HAC1の機能的ホモログであることを見つけたのである(4年位かかったと思う)。つまりXBP1 mRNAがIRE1依存的なスプライシングを受けると、強力な転写活性を持つ転写因子XBP1 Proteinが合成される。また、XBP1 mRNAは小胞体ストレス時に転写誘導され、これにATF6が関与すると考えると、その当時発表されていたいくつかの疑問点、矛盾点が気持ちいいほど解決された。

この論文は念願叶ってCellに掲載され、我々のデザインが表紙を飾った(Cell, 2001, 12月28日号)。初めてPeterを越えたと言える瞬間だった(上述のように酵母の解析ではPeterに押され放しの感があるが、哺乳動物の解析でよくカムバックしたなあと評価してくれる外国人研究者は多い)。なおこの時、RonもXBP1 mRNAがIRE1の基質であることに線虫の解析から気づき、哺乳動物で証明して同時期にNatureに発表した。ただし、Nature最終号には間に合わず、6日違いであったが翌年の2002年1月3日号に掲載された。この時Ronが怒り狂ったのはご想像の通りである。

HAC1とXBP1

かくしてIRE1経路は酵母からヒトまで保存された機構であることがわかった。ただし、何故かその下流の転写因子はHAC1から線虫以降ではXBP1にスイッチされている(HAC1とXBP1の共通点はベーシックロイシンジッパータンパク質であることくらい)。そのXBP1は、1990年に米国のGlimcherによって、組織適合性抗原class II遺伝子の転写制御にかかわるシス配列X boxに結合するベーシックロイシンジッパータンパク質X box-binding proteinとして同定されたもので(Science, 1990)、彼女らはXBP1 mRNAのスプライシングには全く気がつかずに(除去されるイントロンの長さがHAC1 mRNAの場合は252塩基であるのに対し、XBP1 mRNAでは26塩基であるため、通常のノーザンブロットでは気がつかない)、転写活性の弱い前駆体型XBP1を使って解析していた(イントロンが短いため翻訳抑制作用を持たず、前駆体型XBP1 mRNAも翻訳される)。彼女はXBP1ノックアウトマウスを作製し、肝臓の未発達により胎生致死を起こすことを見いだした(Genes Dev., 2000)。免疫学者である彼女は、さらにRAG-2欠損マウスとのキメラマウスを作製することによって、リンパ球のみでXBP1を欠損するマウスを作出し、B細胞が抗体産生細胞である形質細胞(プラズマ細胞)に分化するためにXBP1が必要であることを示した(Nature, 2001, 7月19日号)。これは、まさに我々がCellに論文を投稿しようとしていた時で、XBP1 mRNAのスプライシングのことが書かれていたらどうしようとドキドキしながら読んだものだった。

このNatureと我々のCellの論文は、酵母のUPRを研究していた者にとってはまさにDreams come trueの出来事だった。Peterや私は、酵母の研究をしていた頃(酵母にツニカマイシンという抗生物質くずれを投与して実験していたので、凄く人工的な系で生理的意味なんかないのではないかと見なしていた人も多かったはず)、もしこの応答が人でも働いていて、重要な意味を持つものであったら、小胞体が細胞質を埋め尽くす程多量の抗体分子を合成分泌するプラズマ細胞へとB細胞が分化する時に、IRE1経路はきっと効いているはずと夢見ていたのだった。それが理想的な形で現実となった。これ以降、XBP1は多方面から注目を集めるようになった。

以上のように、出芽酵母ではIRE1-HAC1経路が、哺乳動物ではIRE1-XBP1経路とATF6経路(ATF6は小胞体におけるセンサーと転写実行の両方を行う)の2つが小胞体ストレスに応答した転写誘導を実行している。もう一つ、線虫以降の多細胞生物ではPERK経路と呼ばれるシグナル伝達経路が存在することを米国のRonが示した(Nature, 1999)。PERKはIRE1と同じく小胞体膜を1回貫通するI 型の膜タンパク質であるが、小胞体ストレスに応答した二量体化と自己リン酸化によって活性化すると、細胞質側に存在するタンパク質リン酸化酵素ドメインが翻訳開始因子2のαサブユニットをリン酸化する。その結果、タンパク質合成が全般的に抑制される。つまり、小胞体内に構造異常タンパク質が蓄積する小胞体ストレス下でタンパク質合成が続くと事態は益々悪化していくので、翻訳を抑制して小胞体の負荷を軽減させるのである。小胞体ストレスに応答した小胞体シャペロンの転写誘導(IRE1経路とATF6経路による)、翻訳抑制(PERK経路による)ともに極めて合目的的な応答である。本当はPERK経路の下流でも転写誘導が起こるのだが、分野外の方には複雑すぎると思われるので割愛する。

巻き戻してダメなら・・・

では、哺乳動物の転写誘導機構に2つの経路が存在することにどんなメリットがあるのだろうか?ATF6とXBP1の2つの活性化機構がわかったときからこのことを常に頭に置いて考えていた。鍵となるのは、2つの転写因子の活性化機構が全く異なることにあると考えた。ATF6はプロテオリシスという翻訳後調節により、一方XBP1はmRNAスプライシングという転写後調節により活性化される。すなわち前駆体型タンパク質として構成的に発現しているATF6は切断すればすぐに転写因子として使用可能となるが、XBP1はスプライシングされたmRNAが翻訳される必要があるので、もう少し時間がかかる。実際、細胞に小胞体ストレス誘導剤を添加すると、まず活性型のATF6が検出され、次いで活性型のXBP1が検出される。さらに、ATF6とXBP1とではDNA結合特異性に差がある(XBP1の方がより幅広いDNAに結合する)ことを見いだした。小胞体ストレス下で転写誘導されて小胞体内の恒常性維持に働くタンパク質は、異常タンパク質を巻き戻す(refolding)小胞体シャペロンと異常タンパク質をプロテアソームによる分解処分に回す小胞体関連分解構成因子に大別されることがわかった。調べてみると、小胞体シャペロンはATF6単独で、小胞体関連分解構成因子はATF6とXBP1のヘテロダイマーによって転写誘導されていた。以上を総合して、異常タンパク質の処理について次の様な時間依存的相転移モデルを提唱している(Dev. Cell, 2003; Dev. Cell, 2007)。

小胞体内に蓄積した異常タンパク質は、小胞体内の恒常性を維持するため巻き戻されるか分解されなければならない。蓄積した異常タンパク質はまず、内在性の小胞体シャペロンによって巻き戻そうとされる。この時UPRが活性化されるが、3つの経路のうちまずPERK経路の効果が現れ(翻訳開始因子2αのリン酸化だけなので10分程度で翻訳は抑制される)、内在性の小胞体シャペロンへの負荷を軽減する。これで異常タンパク質が全て巻き戻されたら応答も終了するが、もしまだ巻き戻されないタンパク質が存在したり、もっと異常タンパク質が蓄積すればUPRは翻訳抑制から転写誘導のフェーズに移る。活性型ATF6が発現し、小胞体シャペロンが転写誘導されて異常タンパク質の巻き戻しが行われる。これで異常タンパク質が全て巻き戻されたら応答も終了するが、もしまだ巻き戻されないタンパク質が存在したり、もっと異常タンパク質が蓄積すれば、次いで活性型XBP1が発現し、ATF6とXBP1のヘテロダイマーにより小胞体関連分解構成因子が転写誘導され、異常タンパク質は巻き戻されるだけでなく分解処理もされるようになる。

このように哺乳動物細胞は異常タンパク質の蓄積に対し、巻き戻しのみの一方向性の対応から、巻き戻しと分解の二方向性のフェーズへと時間を区切って相を転移させていくと考えている。これは、異常タンパク質の分解にも多数のATPを必要とすることから、多数のATPを使って合成し折り畳もうとしたタンパク質をできるだけ巻き戻して使おうとし、どうしてもダメだったら分解することにした方がエネルギーの無駄を省くことができるからではないかと考えている。敢えて言えば、‘もったいない’理論である。逆に言うと、出芽酵母にはIRE1経路しかないため、翻訳抑制ができず、小胞体ストレス下でもタンパク質合成を続けるという無駄をしている。また、線虫やショウジョウバエではATF6遺伝子が存在していてもUPRに関与していないから、酵母、線虫、ハエでは小胞体シャペロンと小胞体関連分解構成因子がIRE1経路により同時に転写誘導されて、巻き戻しと分解が競合的に並行して行われるという無駄も生じている。IRE1、PERK、ATF6の3つの経路が揃うのは脊椎動物になってからではないかと考え、現在メダカを解析している。

こうして、RonによりPERK経路が、私たちによりATF6経路とIRE1-XBP1経路が哺乳動物で明らかにされたことで、周囲の研究者の関心が集まり、小胞体ストレスと病気との関連が明らかにされるようになってきた。これが、今回ガードナー賞という医学の賞が授与された大きな理由であると考えられる。PERKのノックアウトマウスは膵臓β細胞がインスリン合成という小胞体ストレスに対応できずアポトーシスを起こして糖尿病を発症するし、若年性に糖尿病を発症するWolcott-Rallison症候群の患者ではPERKに変異が入っていることが見つかったことが端緒になって、アテローム性動脈硬化、パーキンソン病などの神経変性疾患、心不全、潰瘍性大腸炎、肥満や脂肪肝などの代謝異常と小胞体ストレスとの関連が報告されており、今後も広がりを見せると思われる。小胞体ストレス応答を活性化したり、小胞体ストレスを軽減する薬剤を用いて、病気を治療しようという試みもマウスや細胞を用いて行われている。また、癌細胞は小胞体ストレス応答を悪用して増殖を続けていると考えられており、抗ガン剤のターゲットとしても注目されている。

自分の研究は自分でノミネート

以上、私が行ったことは

  • 出芽酵母のIRE1を発見したことにより小胞体ストレス応答UPRという新分野を開拓した。出芽酵母のIRE1-HAC1経路の分子機構を解明した。
  • IRE1経路が線虫からヒトまではIRE1-XBP1経路として保存されていることを明らかにした。
  • 哺乳動物ではIRE1経路に加えてATF6経路が存在し、UPRが進化と共に、より巧妙になっていることを明らかにした。
  • UPRの発見により、タンパク質の構造異常が細胞にとって極めて重要な問題であることを浮かび上がらせ、小胞体のイメージを、「分泌系タンパク質の単なる通り道」といいう静的なものから「分泌系タンパク質が正常か異常かを区別し、異常なら様々な手段をもって対応する」ダイナミックなオルガネラへと変貌させた。
  • 領域外の研究者の関心をも呼び起こし、病気との関連を追及するための分子基盤を提示した。

と纏めることができると思う。このような大金鉱の入り口を見いだし、掘り進める過程に大きく貢献することができたことは研究者冥利に尽きるもので、若い頃夢見ていたことが実現したことに深い感慨を持っている。これで慢心することなく、研究室に入って来てくれる学生達とさらに掘り下げていきたい。

最後に一言アドバイス。冒頭に書いたのでおわかりだと思うが、ガードナー賞でもノミネートの作業が必要なのだ。自分はこんなに凄いことしたんだから、賞をご褒美にくださいと自分で応募書類を書くのだ。ラスカー賞も然り。貴方にあげますと向こうから言ってきてくれるのはノーベル賞だけ。山中先生と私がガードナー賞を受賞した日本人の7人目、8人目だが、過去、国内の仕事でとられたのは西塚泰美先生のみ。私は、もっと多くの先達がもらっていても全然不思議じゃないと思っている。ただ、ノミネートしなかったからもらえなかったのではないだろうか。これは若いときにもらう賞であっても同じ。私は40歳までに応募資格がある日本生化学会奨励賞から始めた。皆さん、いい研究をして世の中に発信し、自説を広めて賞にノミネートしよう。落とされたって恥ずかしくない。何か足りなくて落選しても気落ちせず、もっと頑張ってまたノミネートすればよい。欧米人はそう考えるだろう。少年よ大志を抱け。