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海外での学会に参加したメンバーからの感想・メッセージ

Nebel Forum 2016

2016年9月4日から6日までスウェーデンのストックホルム、カロリンスカ研究所で開催された
Nobel Forum "Unfolded proteins: from basic to bedside" に参加した蜷川研究員より

カロリンスカ研究所で行われた学会に参加してきたので報告させて頂きます。

今回の学会は、森先生が約1年前から招待されており、さらにその地がノーベル賞の選考を行うノーベル賞委員会を持つカロリンスカ研究所@スウェーデン ということで、自身は関係ないですが、なんとなくの緊張感も持って参加させて頂きました。初ヨーロッパということもあって、少しウキウキした気分もあります。総じていうとヨーロッパでの学会は、やはり良かったです。

フライトは、関西国際空港、フィンランドのヘルシンキ、スウェーデンのアーランダ空港という経路でした。いつも感じるのですが、空港には基本的な安全感もありますが、次のフライトにきちんと乗れるのかという緊張感もあります。心配をよそに、団体であったということもあって全く問題なく着きました。途中、森先生の lost baggage ということを除いては…一番、無くなってはならない方のbaggage がなくなり、森先生にとっても大切な学会なのに…という、なんとなくの不安が自分の中にはありましたが、森先生ご自身は、ネタにしつつ次どうするか切り替えていて、あまり気にされてないようでした。

Nobel Ninagawa 1 学会初日、スウェーデン2日目には時間があって、スウェーデンの観光も出来ました。最初に行ったのは「森の墓」というストックホルムの世界遺産です。森の中にお墓があるということでしたが、世界遺産ということで、行こうという話になっていました。ただこの「森の墓」という名前が非常に不吉です。お気づきかもしれませんが、森先生の墓 を少し連想させるからです。そんなこんなで渡航前から、この地に森先生を誘うべきか、もはや行くことすら不吉ではないのか、というちょっとした笑い話的な要素もありました。森先生にも声はかけましたが、他に時間を使いたいということで、森先生を除くメンバーで回ってきました。非常に天気が良く、緑も多くて、墓という重たいような要素を感じず、気持ちのよい場所でした。西洋のお墓だったので、日本人の私にとっては「The お墓」という感じではなかったのも良かったかもしれません。

Nobel Ninagawa 2 Nobel Ninagawa 3 Nobel Ninagawa 4

その後は、ガムラスタンと呼ばれている旧市街地に行きました。町並みが有名で、実際に非常にいい感じの場所でした。ノーベル博物館にも行くことが出来、ノーベル賞にまつわる歴史を感じることができました。その日のメインイベントは、City Hall におけるレセプションです。ノーベル賞記念晩餐会が行われる場所ということでした。といっても実際には晩餐会会場には入ってはいないです。格式ある建物で、ここで食事をとることはなかなか今後もなさそうです。

学会2日目からは、いよいよ本格的な講演でした。充実した朝食をとった後、町並みを感じつつ歩いて学会会場へ行きました。その学会のスタートは Peter Walter、森先生の戦友と呼べる大物です。そして学会3日目の最後のトリは、森先生でした。学会2、3日目の講演全体を通して、レベルの高い講演も多く勉強になりました。今までは UPR3経路の内どちらかというと IRE1-XBP1 経路や PERK 経路の方の重要性が示されてきていたけれども、今回は ATF6 経路の重要性をうまく示した話の方が多い印象です。ATF6 経路を単独同定した森研の仕事の重要性が高まってきていると感じました。

講演を通して、今回はどの話もほぼ理解できた気になり、それゆえ質問することも出来ましたし、そういう意味で自身の成長を感じることが出来ました。この分野に対しては background も幅広く深くあることも影響しているとは思います。また参加者がそれほど多くないこともあってか、それぞれの PI の方ともお話したり、質問する機会もわりと多く持てて、充実した時間を過ごすことができました。研究英語の方が、日常英語よりも分かるのかもと思う次第です。あとは良い仕事を行って世界に発信出来れば〜とは思います。

Nobel Ninagawa 5 今回、スウェーデンのストックホルム、ノーベル賞の地、ということで、どうしてもそれを意識せざるを得ませんでしたが、それに対する森先生への最終選考かどうか、終わった今でも未知感はあります。ただ、そういうラインにのっていることは、素晴らしいことと思いますし、自分のことではないですが、毎年10月の発表を、今までよりももう少し「誰になるかな。」という気持ちを持って迎えても良いかなという印象です。といっても自身がこれからやるべきことは変わらないので、短期、中期、長期目標に向かって、さらなるモチベーションをもって取り組んでいきたいと改めて感じております。

今回、学会に参加させて頂きありがとうございました。


FASEB Summer Research Conference 2015

2015年6月14日から19日まで Saxtons River , VT (USA) で開催された "From Unfolded Proteins in the Endoplasmic Reticulum to Disease" に参加した山口君より

梅雨入り直後の2015年6月中旬、FASEB Summer Research Conferenceに参加させて頂きましたので、その感想を書かせていただきます。私にとって人生初の海外旅行(しかも学会発表!)ということで、前日まで準備している間もかなり浮足立った状態で過ごしていました。加えて今回はポスター発表のみだと考えていたのですが、2分間程度のフラッシュトークが必要であると後になって分かり、その準備にも色々と試行錯誤することになりました。先生方には出発の前日まで発表を改善するお手伝いをして頂けましたことを、この場を借りて重ねてお礼申し上げます。

こうして、前日まで発表の準備に追われるという慌ただしい状態ながらも出発当日を迎えました。初日は飛行機での移動のみで、伊丹→成田→トロント→ボストンという経路でした。成田→トロント間が13時間という長時間のフライトということで携帯用の枕などを準備してはいたのですが、慣れない飛行機の旅のせいか結局あまり眠ることができませんでした。そこで暇つぶしに映画を見ようと思ったところ、当然といえば当然なのですが、カナダの航空会社だけあって映画の字幕は英語かフランス語しか存在しませんでした。ただ、これは逆に英語の聞き取りとしては中々いい練習になったかと思います。また、まだ日本で封切られていない映画をタダで見ることができたことはラッキーでした。ここまでは若干の飛行機の遅れはありながらも順調だったのですが、最大のアクシデントがトロントの空港で起こりました。なんと荷物の輸送システムがダウンして本来なら引き上げずにすむはずの荷物を一度受け取ってまた預けなければならない事態になったのです。しかも、成田からの出発が遅れたせいもあって次の便までの時間が殆ど無かったため大いに焦りました。このとき同行されていた石川先生がいなければ僕はここで事態を把握できないまま野垂れ死んでいたと思います。その後なんとか荷物を預け直し、税関の職員さんに落ち着けと言われながら指紋を撮られ、ダッシュで搭乗口に到着して時間ギリギリに間に合うことが出来ました。結局システム自体の問題であったためか出発が遅れていたので、走る必要はなかったというオチはつきましたが。そんなこんなで慌ただしくもなんとかボストンに到着し、空港近くのホテルに宿泊して一日目を終えました。

faseb2015-1 二日目は午後にバスで会場に移動するまで時間の猶予があったので森先生、石川先生と共にボストン美術館へ行きました。美術館に向かう途中に地下鉄の駅が一つ封鎖されてルートが変わっているというアクシデントもありましたが、なんとか到着したボストン美術館では特設展示として葛飾北斎展が開かれておりました。海外でも単独の特集が組まれるほど有名だとは思わなかったのですが、芸術に国境は無いという言葉のとおり思った以上に多くの人が興味深く鑑賞されていたようです。美術館で昼食をとった後、空港まで戻ってからバスで会場であるバーモント州にあるサクストンリバーに向かいました。バスの中では発表のための原稿を録音したものをひたすら聞きながら練習するという地味な作業をして過ごしていましたが、外の景色を眺めている内に日本とは趣の異なるビルとハイウェイの景色についつい目を奪われてしまいました。到着してすぐにあったのは軽食とお酒(!?)の出る簡単なレセプションパーティーです。学会でいきなりお酒が出てくることも衝撃的でしたが、思った以上に皆さんぐいぐい飲んだ上で夜のセッションに出ていたことにも驚きました。眠くならないのでしょうか。

faseb2015-2 学会本番は主に主要なセッションが午前と夜に割り振られ、その間に2時間半程度の長い自由時間とポスターセッションがあるという構成です。昼食を食べた後の眠くなりやすい時間帯が休息にあてられているのは僕としては非常に嬉しい点でした。三日目には僕にとってのメインイベントであるポスター発表とフラッシュトークがありました。かなり浮足立った調子で当日を迎えましたが、いざセッションが始まると座長の方から時間厳守でオーバーしたら強制終了するよ!と告知があり、準備段階で発表時間がピッタリ2分だったためにいきなり動揺するはめとなりました。ミスができないと力んでしまうとなかなか上手く口が回らず、結局残り僅かながらあえなくタイムオーバーとなってしまいました。この時なぜかグミをもらったのですが、何かのジョークなのかはわかりませんでした(何か言っていたとは思いますが、残念ながら聞き取れず)。この時に限らずジョーク系の話は聞いてから理解するまでラグがあるので皆と同じタイミングで笑えないという微妙な敗北感を味わったことが悔しかったです。ポスター発表は三日目と五日目の2回ありました。自分の研究に興味を持ってくれる人がいるか不安だったのですが、予想していた以上に多くの方が説明を聞きに来てくださいました。特に質問を受けたのは扱っているモデル生物に関してで、やはりUPR研究でカタユウレイボヤやカワヤツメを扱っている人間は珍しいのだと思います。特にAbagail Rosenさんには研究の意義や目的のところまで議論をさせて頂き、とてもいい経験になりました。

五日目の夜には最終日の前日のパーティーがあり、みんなでお酒を飲みながらわいわいと雑談に興じる時間がありました。この時、DJのような人が鳴らす音楽に合わせて踊っている中に石川先生と共に放り込まれた時は恥ずかしくもありましたが、森先生も踊っている中をなんとか形だけでも取り繕って踊りました。ですがやはりダンスは苦手でしたので隙を見てそそくさと元のテーブルに戻ってしまいました。最終日には昼食にステーキとロブスターというすごい組み合わせが出てきました。残念なことに僕はその日そこまで食欲が無かったため食べられなかったのですが、みなさん丸々一匹のロブスターを頑張って解体して食べていたことが記憶に残っています。

学会が終わった後は再びバスで空港まで戻り、ボストン市内を散策しました。この日の目玉はボストン市街をめぐる水陸両用車でした。のんびりと周りの景色を眺めているのは長閑で良いものでした。途中で立ち寄ったオイスターバーでは先生方が生牡蠣を注文されている中、僕はケチってクラムチャウダーを注文して食べていたのですが、これが以外に具沢山でおいしく中々当たりの品でした。その後立ち寄った大きなフリーマーケットでお土産を購入したりしてのんびりと過ごしてから、その夜はホテルで森先生石川先生と共に簡単な打ち上げをしました。そして翌日再びボストン→トロント→成田→伊丹の経路を経て無事日本にたどり着くことができました。

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学会全体を通じて、セッションでの話やポスター発表に関する議論を通じて様々な興味深い話を聞くことができました。ただ、四日目の途中で体調を崩してしっかりと聞くことができなかったセッションがあったことは残念でした。心配していた英語でのディスカッションでは、僕が日本人の学生であるためか皆さん辛抱強く話を聞いて、わかりやすく説明してくださったため思ったよりは話を理解して議論することができました。ただ、それでも難しい質問に関しては森先生から助け舟を出していただかないと対応することができなかったことは心残りです。また、自身の研究を魅力的に伝えるプレゼンテーションということに関してはまだまだ改善の余地が多分にありましたので、この点についてはさらなる積極的な努力が必要な点だと思います。

この旅の間で強く感じたことは、世間には自分が思っている上に親切な人が多いということです。落とした飛行機のチケットを拾ってくれた人、バスの行き先について教えてくれた運転手の人、地下鉄の駅が閉まっていることを教えてくれた人、他にもいろいろな人が僕を助けてくれました。だからこそ、自分がわからない未知の場所であっても、勇気を出して飛び込んでみると意外となんとかなるものだと感じられたことが僕にとって非常に大きな経験になったと思います。この度はこのような経験を得る機会をくださったことを改めて感謝したいと思います。


FASEB Summer Research Conference 2011

2011年6月12日から17日までSaxtons River , VT (USA)で開催された "From Unfolded Proteins in the Endoplasmic Reticulum to Disease" に参加した蜷川君より

去年に引き続き、今年もFASEBの学会に参加させて頂いたので報告させて頂きます。去年は、まぁ参加することが一番の興味だったのですが、今年は、興味の対象がかわってきていました。というのも、去年はデータの量がまだ不十分だったので自身の仕事にどういう反響がくるかな〜というのがあまり大きくなかったのですが、今回は、目新しいデータをもっての参加ということで、仕事の反響がどんなものかな〜という気持ちがありました。では、順を追って振り返ってみたいと思います。

単独で動いた去年とは違い、今年は森研として団体で移動していたので、移動はとても楽でした。関西国際空港→サンフランシスコ→ボストンという経路でボストンに到着です。1泊したのちに少し空き時間があり、午前中にボストン美術館に行きました。世界から集められた色々な展示物がありました。Chihulyという現代美術のものはユニークでなかなか面白かったです。生きているうちに高い評価されるような芸術家は幸せだな〜と感じてみたり。研究は芸術よりも流れが速いし、優秀な方も多いので、だいたいは生きているうちに評価されるとは思いますが・・・。どこか共通するものもあるのかな、という感じです。午後には学会会場に3時間かけてバスで移動しました。

フォト1 学会会場のオープニングセレモニー?にいくと、とりあえず、アジア系の人が1人でいたので声をかけやすくて話しかけてみたら、河野研のタイ人のSophaくん (写真真中) でした。また、前回参加した時に顔見知り程度のカウフマン研のCaoくん (写真左) ともこの学会を通じて仲良くさせてもらいました。まだ私には、欧米系の方々とどうやって仲良くなるか?英語力も合わせて足りないな〜という感じです。彼らに別に冷たくされた訳ではないですが・・・。

学会が始まり2日目の最初の講演は、ERADのメインのDanさんの講演でした。Danさんが最初にEDEMがmannosidaseかlectinか決まっていないというイントロをされたのですが、あれっ、そこって不確定なんや!?自分の調べ方が全く足らないな。論文に付加せねば!と思ったら、彼らは新しいEDEMの機能のモデルを提唱しようとしていたようで、EDEMと基質がCysを介して結合するのではないか?ということでした。よく考えるとそれは、はっきりとEDEMがmannosidase活性を持つことを示した自身のデータが世界に対してもつ意味をより深めてくれるというプラスの面をもちあわせていました。Danさんの講演後には、森先生もどういう質問が来るか、どういう反響がくるか楽しみだとのことでした。

面白い話だな〜と思ったのは、多くあったのですが、学会で特に印象に残ったのは、量にものを言わせた以下の①と②の網羅的解析をもちいたChristiansonさんを筆頭とする研究でした。①15個くらいのすでにわかっているERAD(小胞体関連分解)因子群のそれぞれにtagをつけ、それぞれ発現させて精製し、mass spectrometryで結合タンパク質を同定してinteraction mapを書いて、②さらに同定された20個くらいの因子をそれぞれKnock downしたときに6つの基質に対する影響はどうなるかを解析しHeat mapを書いていました。これが目新しい!という驚きのような発見はなかったようにも今思うと思えますが、やはり、量にものを言わせたアメリカ的な発想と解析方法に含まれる情報量は莫大で、多くの人が集まり興味を示していました。

また分泌経路にかかわる因子群を同定するため、また遺伝子の機能を解析するためricinというtoxinを用いて解析した講演も興味深いものでした。詳細は省きますが、これもまた30個のshRNAを20,000個の遺伝子に対してそれぞれ作り60万個のshRNAを土台とした解析でした。こういう力技の解析はアメリカの研究費をもってして成り立つものだと思いましたし、感心するばかりでした。

学会4日目の水曜日の午後には森先生の講演があり、自分がやった仕事の話をされました。どういう風に話されるか勉強しつつ、またそれに対してどのような質問が来るのかなと思いつつ聞いていました。質問はわりと想定内の質問だったと思いましたが、周りのインパクト的には、まだpublicationまでにはやることがたくさんある仕事と思われた印象だったようです。ただ、講演後には、森先生が自身の顔写真をだしてくれたこともありケンブリッジ大学の院生に「アナタの仕事?」とか言って話しかけられたのは、かなり嬉しかったです。ただ白人女性の英語はいっそう速く、会話は四苦八苦でしたが。

フォト2 学会5日目には自身のポスター発表がありましたが、発表時間の16時になってもまだまだ人は来ず、森先生が前日話してくれたからもうあんまり見に来る人いないかなと少し寂しく思っていました。16時30分前くらいからポツポツ人が来てくれはじめました。よく考えると毎日16時30分前くらいからディスカッションが連日始まっていた感じでしたが、自分のポスターになると一層不安になった感じです。発表はめちゃくちゃな英語でも、この仕事の意義と面白いところを伝えるということはできたのではないかな、という印象です。途中にはDanさんやChristiansonさんも来てくれて色々言ってもらいました。もうちょっと簡単な実験で詰められるところもあって、サジェスチョンをうけ、さすがだなと思いました。ただやはり大物相手だと、緊張しました。190cmくらいある方々に囲まれると威圧感も半端なくありました。講演で話したところももう一度聞かれたりして、ポスターの意味もしっかりあったように思えます。その後も何人か来てくれてディスカッションしてもらいました。中にはイントロダクションからしっかり説明して喉カラカラになりながら話し終えるとThank youとだけ言って去っていく方もいました。こっちの英語を含めた問題かもしれませんが、Upsetしました。まぁ人それぞれですね。

こうして学会も無事終わり、帰路もボストン→サンフランシスコ→関西空港という経路です。サンフランシスコで一泊した際には、晩ご飯にReasonableといったのに高いお店を紹介され、学生にはきつい値段だったので、森先生に数品おごっていただきました。ありがとうございます。ウエイターの方も紳士すぎてかなり魅力的で、なかなか出来る体験ではなかったです。しかし、すんなりいかないのが海外という訳で、サンフランシスコで、空港には2時間前には着いていたのですが、check inに1時間ほど待たされ、さらに前日にUnited航空にシステムトラブルがあったようで3人の中で私だけCheck inできず、さらに30分ほどかかりました。向こうの人にはアンタのCheck inが遅いからだよ、みたいなこと言われましたが、まぁ向こうの過失だと思ったし、ギリギリ飛行機には乗れました。なんとかねじ込んだ感じです。楽しみにし、朝食を控えていた空港のハンバーガーを食べられなかったのは結構残念でした。

フォト3 全体の感想としては、FASEB参加が2年連続2回目ということもあって、顔見知りがたくさんできたな〜と思います。今回のOrganizerのManuさんにも顔と名前だけは覚えてもらっていました。バナナとか、ブドウとかところ構わず食べているのはちょっと文化の差を感じて面白いですが、このManuさんは本当に切れ者だと思います。ただデータを持っていっても3大誌ばかりに投稿しているManuさんに仕事のインパクトを残せたとは全く思いません。足りないです。やはり毎年この学会で発表するくらいの研究をしたいと思い、口頭発表もそのうちには!とモチベーションがさらに上がる感じでした。去年はinvited speakerでなかった方がinvited speakerになっていたりして、よい仕事をすれば認めてもらえるのだと実感しています。しかし仕事にはやはり厳しく、世界のブレーンに認めてもらうには、hard workをし続けなければならないと思いました。しかし本当に厳しい彼らに認めてもらえるような日が来るんでしょうか・・・。それは友達になったCao君がよく言っていたup to youだと思うんで日々地道にやっていこうと決意をあらたにしました。最後に2年連続行かせて頂いた感謝を胸に、文章を結びたいと思います。ありがとうございました。

同じく "From Unfolded Proteins in the Endoplasmic Reticulum to Disease" に参加した小篠さんより  

6月も半ばの梅雨の頃、FASEB Summer research conferenceに参加する機会を頂きました。アメリカはボストン、携帯も通じない山の中にある全寮制の高校が会場です。昨年と同じ場所らしいのですが、今年が海外学会初参加の私にはどんな所なのか知る由もありません。緊張と不安で時差ぼけなどもはや意識の外です。

セッションはやはり万国共通、学会特有の熱気に満ちた雰囲気です。From unfolded proteins in the endoplasmic reticulum to diseaseというのが今回のFASEBのテーマということで、医学系の研究者の方が多いように見受けられました。その熱気はポスター発表の時間にはさらに高まります。特に人気のあるポスターの前ではかなりのひとだかりができ、熱心な議論が交わされています。時には怒鳴り合ってるのかと思うほど語調が激しかったりもします。30分以上も一つのfigureについて議論が続いたりして驚かされたりもしました。そういえば森研=メダカの図式が根付いてきたようです。日本の京大、森ラボの人間だと言うと、メダカを使ってるのかとよく尋ねられました。

のどかな時間もありました。セッション自体は大体9時開始なのですが、前述したように会場は自然豊かな山の中。朝は小鳥の声に叩き起こされるので、そうそうゆっくりと眠ってはいられません。同室のひとを起こさないように部屋から滑りでてふらふらと散歩していると、本当に外国なんだと実感されてきます。京都よりも気温も湿度も遥かに低い空気、クローバー混じりの芝生が広がる広い構内に、シルバニアファミリーを思わせるような建物が幾つも点在しています。高校生の寮ということですが、言われなければ絶対にそうだとはおもわなかったでしょう。

フォト4 ポスター発表に際しては、割当日程の前日にDavid Ron博士が森先生の案内で聞きに来てくださいました。緊張と混乱で操り人形のようになっていた私の説明はおそらく非常にくだくだしいものになっていたと思われますが、我慢強く最後まで聞いて頂けたのが嬉しかったです。ともあれRon博士を皮切りにたくさんの方が見に来てくださり、多分に好意的なコメントを頂けたのは本当に幸いでした。

ただ本当に自分の英語力の欠如が残念でした。セッションはスライドにかなりの部分助けられますが、ポスターはそうはいきません。重要なのは英語力よりも研究力…であることは確かなんでしょうが、やはりあくまでも最低限の英語力は必要です。Speakingが少々拙くても相手は大抵理解しようと頑張ってくれます。しかしListeningができないともうどうしようもありません。内容の判らない質問に答えることはできないのです。付け加えるなら、声の大きさが意外な盲点でした。もともと透過率の良い声の持ち主ではないのですが、会場の喧噪の中だといっそうです。ポスターの説明を3回も通すと、もはやまともな声が出なくなってしまいます。空気が乾燥しているせいもあるのでしょうが。とにかくそんなことにも他の人々とのエネルギーの差異を感じてしまいました。

最後になりましたが、今回のような貴重な機会を与えて頂きまして森先生には感謝いたします。自分自身やいろんなことを改めて見つめ直す良い経験になりました。本当に心からありがとうございました。


FASEB Summer Research Conference 2010

  2010年7月25日から30日までSaxtons River , VT (USA)で開催された"Protein Folding in the Cell"に参加した蜷川君より   

 私にとってアメリカは何度か行ったことのある国ですが、研究関係で行くのは初めてでした。そして1人で出張、旅行するのもこれがほぼ初めてだったように思います。なぜ(学会期間以外)1人で出張になったかと言いますと、私はテーマの関係で医学研究科武田研究室から援助して頂き、FASEB meetingに参加後、NIHを訪問するという機会をもらっていましたので他の方々より長い期間行くことになっていたからです。

 まずは最初のボストンから。ボストンというよりはアメリカに足を踏み入れると様々な人種の人たちがいることいること。1人だという緊張もあってか、必要以上に警戒していたことを記憶しています。ボストンにたどり着くまでにトラブル発生していまして、飛行機に1本乗り遅れた上にボストンまで荷物が届いていませんでした。荷物を届けてもらうために、住所を書いて係の人に渡すとパッとみて、OKみたいな感じで返してきて、「おーい、住所間違えてもらったら届かんぞ」と思いつつもう一回丁寧に書いて渡したら一瞥したのち、荷物の番号札を、渡した紙に貼って返してきました。「俺よりテキトーやな〜」と思いつつそれ以上何も言えず、これがアウェーの洗礼か。と思ってホテルで待つことに。まぁ翌朝には無事届いたんでよかったのですが。これだけではなく、この出張を通して日本人の丁寧さ丁重さは、彼らにはないということはよくわかりました。

ジョン・ハーバード像と  ボストンではかの有名なハーバード大学観光をし、それからFASEB会場へバスで移動し、学会は始まりました。学会は昼食後からポスター発表の4時まで毎日フリータイムというスケジュールでした。口頭発表の時間も守る人はそれほどおらず、オーバーして当然の流れ。オーバーしているのにも関わらずしっかりと質疑応答の時間をとっていたり、こういうところはゆるいな〜ととても感じました。ただ彼らの良いところは、そのアクティブさ。初対面の人でも臆せず、会ったらがっちり握手をし、どんな研究をしているんだ?どこのラボで今はどういう状況だ?みたいにコミュニケーションをしっかりとって情報交換の場として学会をうまく活用していました。また情報交換の場だけではなく、私はこれだけ良い研究をしているぞ!こういう人間だぞ!というアピールと人間関係構築の場でもあることを彼らはよく熟知していることを感じました。朝食の時間にある若手PIと同席していたところ、森先生の戦友である大物Peter Walterが偶然同席してきたとたん、そのPIはこれぞチャンスとばかりに、コミュニケーションを図っていた姿が印象的でした。席も少し離れていてPeterはそれほど相手にするようすもありませんでしたが。またか…と言った感じなんでしょうか。

 もう1つ気がついた点は意識の違いです。聞きに行ったポスターでネイティブの方に、英語が明らかにできないアジア人(私)に、一生懸命丁寧に説明してもらったのですがあまりの英語のスピードについていけず、説明後に何も気の利いたことが言えないことがありました(何度も聞き直すのが申し訳なくてわかったようなフリをするのも駄目なところかもしれませんが)。あまりに情けなく申し訳ないのでAbstract、dataを少し離れたところから眺めていたところ、ポスター発表時間は終わり夕食の時間になっていたのにも関わらず、Questionはあるのか?という風にきっちり対応してもらい、また少し話し込んでもらいました。そして最後に、英語ができなくてI’m sorry、と言うと、なんで?これは私の仕事よ。という答えが返ってきました。自分なりにそれを解釈すると、彼らは自分の仕事に興味をもってもらっていることに対して感謝することを知っているし、アピールの場を最大限生かしていたのだと思います。

 英語に関して言うと、英語が出来なくともわりと相手をしてくれます。研究者達なので英語よりも研究を見ています。一番大きなのは英語が出来ないという自信のなさからくる消極性をなくすことだと思いました。もちろん自分の研究の面白さを伝える英語と説明能力、相手の研究を理解するための聞き取り能力もあればこしたことはありませんが。英語ができないことに対して彼らの心は想像以上に開かれています。

 学会終了後はボストンからニューヨークに移動して観光後、ニューヨークからワシントンに飛びNIHを訪問させてもらいました。NIHの施設は一通り設備がそろっていました。ラボ独自に使う器具等も色々みせて頂いたりしましたが、ここで感じたことは、むしろ森研の研究環境の良さです。森研には世界とわたりあえるだけの設備が十分すぎるほどあると実感しました。ラボを訪問させてもらった時に発表する機会を頂いていたのですが、感じたのは英語の問題よりも、研究の伝え方、つまりプレゼンの話の組み立ての拙さでした。先にも書きましたが、彼らはひどい英語を聞いてはくれます。そしてそれに対して研究がおもしろいかどうかということを常に見ていました。

 8月5日には現在、勢いのあるラボのDr. Manuのラボを見学させてもらいました。プログレスにも参加させてもらったのですが、Dr. Manuは頭の回転スピードが違うな。と思いました。アイデアも色々豊富でしたし、それを私に披露する「余裕」も感じました。私みたいなペーペーからも情報を色々取り入れる姿勢を感じましたし、貪欲さに溢れています。彼らと競争などはかなり大変(望まない)ですし、研究を続けて行くにはオリジナリティをどこに持って行くのかが重要だと思いました。確かDr. Manuはインド系の方だったとおもいますが、この出張を通してインド、中国は人口が多いだけに振れ幅はあるでしょうが、すばらしい方はたくさんいて、やはり今後伸びていくのではないかと感じます。まぁ裕福なアメリカに定住し、アメリカの力になる方々も多いとは思いましたが。

 サッカー好きとして書かせてもらうと、2010W杯でサッカー日本代表は技術の高さ、運動量、勤勉さ、組織プレーなどを生かして世界と渡り合っていたと思います。研究も、そういう日本人の特性を生かし、やるべきではないかと考えます。具体的には、丁寧さ、正確さ、勤勉さ、運動量などを生かして、彼らの武器とする情報量や財力、圧倒的力に対抗すべきなのかな。と思いました。おのずと特性はでてきているでしょうが。

 生活の話も少し。向こうの人たちは主張が強いです。雑草のような生活力があります。こちらで言えば大阪のおばちゃんみたいな感じでしょうか。それをさらにパワーアップさせた感じです(大阪のように、横断歩道でも青は進め、赤は気をつけて進め の基本は変わりませんが、割合がかなり多いです:ずうずうしさ、ふてぶてしさの現れ!?)。それは生きるということと常に対面しているからではないでしょうか。ただそんな中でも彼らは生活を楽しむということを知っていて切羽詰まった感を出しておらず、オンオフがはっきりしているというように感じました。生き延びるということが、いつも当たり前に念頭にあるからだと思います。誤解があるかもしれませんが。

 最後に外に出てみると余計Kazu Moriの偉大さを感じましたし、私自身が、色々な意味で守られている環境にあると感じました。研究の世界でやっていくにはまだまだ学ばなければならないことが多くあると感じ、研鑽を積まなければならないとさらに気持ちを引き締めるばかりでした。今回の出張に際して機会を与えて下さった森先生、武田先生に感謝の意を表して結びの言葉としたいと思います。ありがとうございます。

 

        同じく"Protein Folding in the Cell"に参加した石川君より         

 7月の終わりにFASEB Summer Research Conferenceに参加しました。会場はアメリカのサクストンリバーで昨年に続いて2回目の海外学会です。成田からボストンに行き,一泊したのちシャトルバスでサクストンリバーへ行きました。ボストンもサクストンリバーも緯度が高いせいか気温が低く,真夏とは思えないような過ごしやすい気候でした。現地での宿泊施設は高校の寮として使用されているバーモントアカデミーというところです。敷地がとても広いので,それぞれの建物が敷地内に点々としていて非常にゆったりとしています。野生のリスがいましたし,芝生が美しくてのんびりとした雰囲気の会場でした。

 学会のスケジュールは基本的に午前中にセッション,お昼は自由時間,夕方からポスターがあって,夕食後10時くらいまでセッションがありました。今回のFASEBのテーマはProtein Folding in the Cellということで,UPRやERAD以外にもFolding系の研究者がたくさん来ていました。日本からは京都産業大学の伊藤維昭先生と元島史尋先生が参加されていました。

 ここ数年,森研究室ではマウスに代わるモデル生物としてメダカを用いています。日本人にはおなじみのメダカなのですが,海外の人はほとんどメダカを知りません。モデル生物(魚)といえば、ゼブラフィッシュなのです。昨年参加したFASEBでは一生懸命メダカについて説明をしたあと,ポスターの中ほどで"Wait...?What is Medaka?"と言われて脱力したこともありました。昨年度の反省を生かし,今回の学会ではメダカを海外の人に知ってもらうことを第一の目標にしました。メダカの長所の一つとして,遺伝子破壊や遺伝子導入が比較的容易に行えるという点があるのですが,特にこれらの点をアピールするため,ポスターに遺伝子破壊メダカの模式図や,遺伝子組換えによる光るメダカの写真をいれました。自分としては納得のいくポスターになりましたので今年こそはと意気込んで学会に臨みました。

 いざポスター発表を始めると,やはり光るメダカの写真がよかったのか,多くの人が足を止めてポスターをみてくれました。なにより嬉しかったのが, David Ron博士とRichard Morimoto博士,Carol Gross博士がポスターを見に来てくださったことです。すごく緊張しました。良い研究ですねといっていただけたのが嬉しかったです。今年はメダカをきちんと紹介できたのではないかと思いました。

 一週間の学会を終えて痛切に感じたことは、やはり英語力が重要であるということです。研究の話ですと,少しは理解して会話できたのですが,日常英会話が全くのお手上げで,次回海外に行くことに備えてしっかりと勉強しようと思いました。また,学会を通じて向こうの人達の元気の良さに圧倒されました。もっと体力をつけたいと思います。あと,宿泊施設にシャンプーがなくて困りましたので次回は忘れないようにしようと思いました。最後になりましたが,このような貴重な機会を与えていただきました森先生にお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
 

        同じく"Protein Folding in the Cell"に参加した佐藤さんより 

 7月終わり、うだるような暑さが続く日本を離れ、FASEB Summer Research Conference -Protein Folding in the Cell-に参加するためアメリカSaxtons Riverにやってきました。私にとって海外学会はおろか国外へ行くのも初めてだったので、日本とアメリカの違いを見つけては驚くという1週間となりました。

 最初に海外の学会は日本の学会とは違うなぁと感じたのは、話の途中に笑うポイントを盛り込んでいらっしゃる方が多く、発表中に笑いが起こるという光景が良く見られたことです。ある日の午前中最後の演者は第一声『お昼前で最後まで聞いてもらえるかわからないから、最初に結論を話します。』と、聴衆を引きつけてから結論→イントロダクション→結果という構成で話されており、こういった発表の仕方も有るのだと勉強になりました。ただタイムスケジュールは全体的に遅れる傾向にあり、発表時間5分オーバーは当たり前。だからといって質疑応答時間は削らないのはアメリカ流なのかもしれません。そのため時間を気にせず活発な議論が繰り広げられていました。

 また、アメリカはスケールが大きいと聞く事がありますが、学会中にこれを実感させられた事が有りました。全日程が終了し、帰りのバスに乗り込もうとしていたところ遠くでヘリコプターの音が。なんでヘリコプターの音が聞こえるのかなぁ思っていたら、どうやらある研究室はヘリコプターで帰るらしいとのこと。ヘリコプターを止める事ができる学会会場の広さもそうですが、日本ではヘリコプターは普通、帰宅手段として使う乗り物ではないですよね。そんな乗り物を帰宅手段として使うアメリカは大きいなぁと感じさせられた出来事でした。(学会会場は全寮制の高校との事でしたが、アメフト用グラウンド、野球場、体育館、スケートリンク、スキーのジャンプ台と高校とは思えない程、施設が充実していました。)

 そして当たり前と言えば当たり前ですが一番違うのは言葉で、学会参加にあたって一番の不安事項でもありました。しかし、実際に参加してみるとネイティブの方はつたない英語でも真摯に聞いてくれます。話せないからと逃げ腰になってしまうのではなく、まずは間違っても良いから話そうとする姿勢が大切なんだと思いました。それと同時に、細かく話したいと思った時にきちんと伝え切れずもどかしい思いもたくさんしたので、次回海外に行く時に備えてもっと英語を勉強しようと思います。最後になりましたが、今回このような貴重な機会を与えて下さりました森先生に心から感謝申し上げます。


2nd CSSI (Cell Stress Society International) meeting

2005年9月24日から28日までPortugal (Tomar)で開催された2nd CSSI (Cell Stress Society International) meeting International Congress on Stress responses in Biology and Medicineに参加した小田さんより

今回で2回目となるCSSIミーティングは、ポルトガルの片田舎トマールで行われました。首都リスボンからバスで田舎道をえんえんと走り、(道中、どんな僻地へ連れて行かれるのかとちょっと不安になりましたが)北上すること2時間、世界遺産に登録されているキリスト教修道院を持つ、小さな村に到着しました。私にとって初の国際学会参加、それに今回はポスター発表という任務もあって、やや興奮気味で学会に臨みました。

なるほど、村は学会が開催されるだけのことはあって、非常に美しく、散歩するには事欠かない良い所でした。肝心の学会の方はというと、種々のストレス応答から臨床的な内容まで、幅広い構成でした。セッションによっては夜中24時過ぎても開催されていたのもあったらしく、参加者の熱心な姿勢が伺えます(学会運営は極めてルーズでした。時間を守らない講演者続出−注by森)。私個人的な意見としては、森研のテーマである小胞体がらみのシンポジウムが少なかったのが残念なところですが、普段は聞く機会の少ない他のストレス応答に関してよく勉強させていただきました。学会の空き時間に世界遺産の修道院(今ではほぼ城壁のみ)に登ると村が一望でき、すばらしい景観に(学会に来ながらこんなことができるんだという)幸せを感じました。

ここでポルトガル滞在中生まれた、森先生による格言を紹介させていただきます。

まず一つ目。「不安がなくなれば不満が出てくる」

企業等に就職せずに、大学で研究して生きて行くことは、言うまでもなく不安なことです。それは、そこには道がなく、自分で道を切り開いていくしかないからです。しかし、例えば誰かに自分の一生を保証してもらうとその人の許容範囲内でしか行動できず、そうなると必ず不満がたまってくる。一度しかない自分の人生、あなたはどちらを選びますか−自分に賭けないままでいいですか?
そして二つ目。「大きな野望と小さな幸せ」

森先生は、よくおっしゃいます。「サイエンスの世界で生きていくには、顔と名前と研究内容を一致して覚えてもらえるようにならないといけない」と。そこまで到達するのは人並みではできませんので、大きな野望を持って研究しろ、ということです。しかし現実的には、野望を持って日常の実験するのはなかなか困難で、正直なところ息苦しくなるときもあります。そんなとき、来年の海外学会の参加を目指そう、と思うとそれは現実的な楽しみになり、参加できると小さなご褒美感、幸せ感に浸れる、という訳です。

森先生のおかげで初の国際学会参加を経験させていただきました。心より感謝いたします。


Molecular Chaperones and the Heat Shock Response

2004年5月5日から9日まで Cold Spring Harbor Laboratory (New York)で開催されたミーティング (Molecular Chaperones and the Heat ShockResponse) に参加した山本君より

まだまだ予断を許さないイラク情勢であった2004年5月の連休最終日である5日の朝、伊丹空港から成田空港経由で JFK空港着という径路で、ニューヨーク州のロングアイランドにあるCold Spring Harbor Laboratory (CSHL)に向いました。出発日の前日はいつもより早く寝床に就いたのですが、数時間して目が覚めてしまい、そのまま寝過ごさないよう眠らぬまま朝の始発電車に乗って離陸の2時間近く前に伊丹空港に到着しました。後からやって来られた森先生に国内線は30分前でいいのにと笑われました。成田からの自身初の国際線では、12時間ほど殆ど眠らず映画を観ていました。JFK空港で空港の整備員の人を見て、はるばるアメリカへやってきたんだなぁとしみじみ思いました。JFK空港ではJALで一人旅をしていた吉田さんを待ってから、森先生、吉田さんと3人でバスに乗ってCSHLに辿り着きました。CSHLに着くと各人のネームプレートとこれから4泊する宿舎が割り当てられました。私はシャトルバスで15分の所にあるセミナリ−と呼ばれる宿舎に泊まることになりました。昔修道院だったと想像される建物で、こじんまりとした部屋には特に何もありませんでしたが、個室が与えられて恵まれていたのではないでしょうか。初日は夕方から口答発表、2-4日目は朝9時から2時間半ほど口答発表、午後2時からポスター発表が2時間半くらい、夜は7時半から3時間ほど口答発表で、最終日は午前中口答発表でした。Meeting期間中は、できる限り外国の他のラボの人と接するようにしました。幸いと言っていいのか日本の他のラボからの参加者で個人的に面識があったのは跡見先生(東大)1人でした。残りの先生方は私が知らないか私は知っていても先生方が私を認識されておられないという情況でしたので、見知らぬ外国人ばかりのなかでも自然と1人で居られる気楽さもありました。Meeting期間中は、ポスター発表者に質問したり、シャトルバスやCSHLでの朝昼晩の食事の席で隣になったことをきっかけにして他のラボの人達と話をする機会に恵まれました。Meetingの規模が小さいせいも重なってか、参加していた皆さんには気さくな方が多く私にもよく話し掛けてくださったのは有り難かったです。今まで日本で参加した学会は規模が大きいものばかりで、このような経験は初めてであり嬉しくもありました。大変打ち解けて仲良くなった人も何人かできたり、思わぬところから知り合いが増えたりもしました。特に、海外でUPRの研究をしているラボ(Drs. L. Glimcher, L. Hendershot, R. Kaufman, and A. Lee) の研究者で私が最近読んだ論文の筆頭著者達と直接話をすることは出発前からの一番の希望でもありました。こういった人達と直に話す機会を持つことができ、皆さんの洞察力や思慮深さに感心させられました。参加にあたっては少し悩みましたが、思いきって行って良かったです。最後に、国内外を通じて初の学会発表をCSHLで行う機会を与えてくださった森先生のご厚意に、この場をお借りして感謝の念を示させていただきます。


Gordon Research Conference “Stress-Induced Gene Expression”

2003年7月27日から8月1日まで、英国オックスフォード大学にて行われたGordon Research Conference "Stress-Induced Gene Expression"に参加した3人より

吉田秀郎

この学会はNic Jones (Paterson Institute) がオーガナイズしたもので、タイトルにある通り種々のストレス (熱ショック、寒冷ストレス、浸透圧、低酸素、小胞体ストレス、酸化ストレス、重金属、DNA損傷、飢餓等々)による 遺伝子発現の制御機構に関する講演が各分野の第一人者によって行われた。扱われる生物種も高等動物から酵母、 植物まで多岐にわたり、この分野の最新の情報を幅広く得ることができた。

小胞体ストレスのセッションでは、小胞体ストレス研究の黎明期から重要な発見を積み重ねてきている 森和俊(京大)、彼とは因縁の深いPeter Walter(UCSF)、そして近頃本質的かつ独創的な仕事を連発しているDavid Ron (Skirball Institute) という豪華な講演者が選ばれた。小胞体ストレス応答の研究もPERK・ATF6・IRE1経路が同定され、 基本的な制御機構がわかってきた。今後は、細部のより詳細な解析を進めるだけでなく、より大きい概念 (他のストレス応答機構との類似性やクロストーク、生体にとっての小胞体ストレス応答の意義などであろうか)を提起できる 研究を進める必要性をひしひしと感じた次第である。

灘中里美

オックスフォードはきれいな街でした。ゆるく蛇行した小道の両脇には歴史を感じるレンガや石の建物、 ちょっとしたスペースには花や緑であふれていました。学会は100人くらいの規模で、ちょうどよいように感じました。 また、若い方が活発に発言されていて、私もこの人たちのようになれればいいなあと思いました。

岡田徹也

英国オックスフォードで開催されるGordon Research Conference に出席するため、私は期待に胸を膨らませて英国へ出発した。オックスフォードは言わずとしれた学問の街であり、重厚で伝統ある雰囲気を味えそうだということで上機嫌だったのだ。英語での発表とディスカッションという大仕事も待っていたのであるが、今回が2度目ということもあって幾分気持ちに余裕があり、英国を楽しむぞという気持ちのほうが勝っていたのである。成田から12時間のフライトで無事ヒースロー空港に到着。空港に降り立った時には霧雨が降っていて、「ああイギリスに来たんだなー」と妙に納得してしまった。

オックスフォードは期待通りの品格ある街であった。大学関連の建物だけがずらっとならんだ重厚感溢れる町並みを想像していたが、オックスフォード駅近くにはガラス張りの美しいショッピングセンターや飲食店が並んでおり、伝統と流行がうまく入り交じった一面ものぞかせてくれた。ポスター会場および宿泊地となったクィーンズ・カレッジも日本の大学とは比較にならないほど綺麗な景観をしていて、中世を感じさせる雰囲気と美しく整備された芝生が印象的であった(写真参照)。

最後のセッションが終わった日、クィーンズ・カレッジの地下にあるパブでDavid Ron 研の Chi Y. YunとPhoebe D. Luの二人と話すことができた。二人とも私と同じくらいの年代の人達である。彼女達は私の貧弱な英語力に嫌な顔もせず、楽しく話してくれてとても有意義な時間を過ごすことができた。開口一番、「日本では研究室でもおじぎしながら挨拶するの?」と聞かれて面喰らってしまった。そんなことはないと答えたが、よくよく聞いてみるとRon研に来た日本人ポスドクが初日に最敬礼してラボに入って来たのだそうだ。お辞儀しながら挨拶するのは彼女達にしてみればとても面白い動作なようで、二人でとても可笑しそうにその話をしていた。Dr. Moriはラボではどう呼ばれているのかと聞かれたので、「森先生か森さんかな」と教えてあげると、帰り際に「モリさんサヨウナラ」と楽しそうに挨拶していった。明るくとても愉快な人達だった。自分と同じ分野のラボで研究している人達とこのような機会に話ができたのは、とても良い経験だった。Ron研から出される論文はもちろんよく読むので元々馴染み深いラボなのだが、実際にそこで研究している人と話すことができたことで、世界がよりリアルで身近に感じられるようになった。

最後に恥ずかしい思い出をひとつ。JALの飛行機で帰ったので客室乗務員は日本人だったのだが、「飲み物はいかがですか?」と聞かれて、「Water, please」と思わず英語で答えてしまった。”英語で話す”ことが頭から離れることがなかった一週間の笑える後遺症であった・・・。


FASEB Research Conference (Amyloids and other abnormal protein folding process)

2002年6月15日−20日までColorado州Snowmassで開催された FASEB Research Conference (Amyloids and other abnormal protein folding process)に参加した吉田研究員より・・・

これまで国際学会はいつも森先生と一緒に参加しているのだが、今回は単独参加でしかも口頭発表、参加費も自分の研究費から捻出することになった。本来なら森先生が発表するところだが、若手研究者に機会を与えて厳しく鍛えようという森先生流の指導方法に感謝しつつ、学会に臨んだ。行きの飛行機の中で、森研究室の良きライバルであるDr. David Ronと一緒になった。"Hideはどんな話をするのか?"Davidも口頭発表するので、こっちの話の内容を聞きたいようだ。森研やRon研の現状をお互いに話しながら、学会会場に向かう。学会は会場だけで行われるのではない。既に飛行機の中から始まっているのだ。国際学会は大抵Receptionを兼ねたpartyから始まる。私もDavidと食事をしながら、研究のことや趣味のこと、家族のことなどとりとめもなく話す。いつもなら、森先生を盾にしてちょこちょこっと話すだけなのだが、今回は100%会話を楽しむことができた(私の英語を一生懸命聞いてくれる彼のおかげなのだが)。

講演はいくつかのSessionに分けられ、朝9時から夜の11時過ぎまで行われる。演者が厳選されているため、話の内容が濃い。これまで誰もできなかったことや考え も付かなかったことが次々と報告されていく。講演の後には、白熱した質疑応答が行 われる。

鋭い質問に対して単に回答するだけでなく、より広く高い観点に立って演者 が返答することによって議論がより深められる。個々の講演もすばらしいが、よく考 えられたSession構成により、それぞれの講演の内容が統合されsession終了後には新 たな概念が形成される。そして、conference全体を通して概観することによってより 高い理解が導かれ、それがまた新たなproposalにつながっていく。今回の学会は規模 が適切であるためか、そういう印象を強く持った。このような場で発表するのは最初 はかなりプレッシャーを感じたが、座長も聴衆もみなfriendlyで、私が緊張している と悟ると"Deep breath!"といって緊張を和らげてくれたり、わかりやすい英語で良い 質問をしてくれたりと、楽しみながら発表を終えることができた(どこまでこの学会 に貢献できたかについては自信がないが)。

宿舎も食事も全員一緒なので、そこでもDiscussionが続けられる。一人で食べてい ても彼らは笑顔でやってくる。若い研究者だけでなく、現在活躍中の有名な先生方、 また今は退官した歴史的な人物達までやってくる。研究の話だけではない。 Excursionに行けば皆子供のようにはしゃいでいる。今回はColorado峡谷をraftingで 何時間もかけて下ったが、学会のchairmanであるDr. Ron Kopitoが先頭に立って水鉄 砲で水を掛け合って大騒ぎをしたり、露天の温泉に浸かって悠々とくつろいでいた。 彼らは本当に科学者として人生を楽しんでいるのである。

森先生はよく"世界を目指せ"といわれる。なぜ世界を目指すべきなのか、なぜ 日本の中に閉じこもっていてはいけないのか、私も最初はよくわからなかったが、今 は本当にそう思う。日本しか知らないと、日本のことを絶対的価値観で計ってしま う。世界を知れば日本のことを相対的に計ることができる。例えば学歴偏差値が東大 が一番で京大が二番などということも世界的に見れば全く無意味である。学歴として はHarvardやStanfordなどでなければ価値がないし、そもそもおもしろい科学をする ために学歴は不必要である。Einsteinもいわゆる有名大学卒ではない。日本とUSAの 違いも、そのうち兵庫県と大阪府くらいの違いしかなくなるだろう。兵庫県で一番の 科学者であってもしょうがないではないか。  世界と衝突できる舞台は3つある。国際学会参加、論文発表、そして海外留学。ど れも最初は大変だが、経験を積むことでそれは楽しみに変わっていく。楽しみながら 科学に携わり、自分自身も大きく成長していく。そういう人生はいかがですか?


Molecular Chaperones The Heat Shock Response

2002年5月1日〜5日までCold Spring Harbor Laboratory (New York)で開催されたミーティング (Molecular Chaperones The Heat Shock Response) に出席した二人より。。。

灘中里美 もっと詳しい内容

『今回の CSHL meeting での口頭発表者は、おエラ方ではなくポスドクや院生といった若手の人が多かったそうです。CSHL で発表して認められるということが一つのステータスとなっているようです。
国際的に「名前」と「顔」と「研究内容」とが一致して認識されているのは限られた人たちだけのように思います。CSHL で発表されている人たちは、自分自身がいつの日かそういった限られた人たちの中に入り、その分野の中心で活躍したいという夢をもって会に臨まれているような気がしました。私は三十にして初めての国際学会を体験しました。研究を志す学生の皆様へ。できれば20代の、頭が柔軟で、かつハングリーさも 持ち合わせている、そういう時代に外国に出られるのがいいと思います。憧れの、将来の目標をそこに見つけることができるでしょう。 そして、心の隅の野心に密やかに火を灯し、目標に向かって邁進し、いつの日か世界の舞台の中央に立って下さい!』

岡田徹也

はるか遠くに自由の女神 『英語圏へ行くのは初めての経験でしたし、ポスター発表をするという重大任務もありましたので自分の英語力への多少 (?) の不安を覚えつつ出発しました。案の定、現地の日常会話はほとんど分らず苦労しましたね (東海岸のほうは早口ならしい!)。発表のほうも悪戦苦闘しましたが、森先生のお助けと発表しているうちの慣れもあって、何とか無事に終わりました。 やはり英語は慣れと度胸というのが実感です。海外の学会に参加して思ったことは、海外の人達は研究という活動を陽気に、そしてプライドを持ってやっているなあということです。 英語力がなかったためにコミュニケーションは十分に取れませんでしたが、英語を身につけて彼・彼女らの考え方をもっとよく知りたいと 痛切に感じました。
また来年も海外の学会に参加しようという野心を持ちつつ日々暮らしています。森先生、そういう訳ですのでよろしくお願い致します・・・。補足 ワインパーティーの後に2,3時間のセッションがあるのには驚きました。向こうの人達にとってはアルコールはジュースと同じなのかも?』


Molecular Chaperones - The Heat Shock Response - 灘中里美の旅日記

Cold Spring Harbor Laboratory (New York),2002年5月1日〜5日

国際学会どころか海外旅行が初めてだったので、大きなトランクを引きずって家を出発したところから、国際線への搭乗手続き、円からドルへの換金など目新しいことのオンパレードで私の国際学会参加の旅が幕を開けました。

5/1伊丹空港を飛び立ち、途中成田空港で乗り換えて、JFK 空港まで13時間のフライト。離陸後、まず、機内サービスで飲み物がやってきました。簡単に通じそうな「Coffee」を頼み、目的のコーヒーを手にしてとりあえずはホッと一息つきました。日本上空を飛んでいる間は窓から外を見て、「あれって濃尾平野だっけ?」「あの川は何?」と少しハイテンションだったのですが、そのうち高度が上がってきて雲しか見えなくなるとともに落ち着きを取り戻しました。空の旅は思ったより快適で、比較的よく眠れました。いつのまにか日付け変更線を越え、アメリカ合衆国の上空へ。空から眺める風景も日本と違います。これがアメリカなのか?(またまたテンション上昇中)。

飛行機を降り、入国審査を終え、空港からコールドスプリングハーバーラボラトリー (CSHL) まではバスで約1時間半。CSHL は閑静な緑の多いとてもきれいな場所でした(後に、閑静→人里離れた→辛くてもそう簡単には逃げだせない---という意味があることが判明)。少し肌寒く薄手のセーターを着て丁度いいくらいです。

受付で要旨集と参加証を受け取り、宿泊場所の説明を受けました。私は CSHL 内のキャビン(Eagle という名前が付いてました)でルームメイトがいるようです。ルームメイトは阪大のタンパク研の方でした。日本人だったのですが、帰国子女なので流暢な英語を話されました(せっかくの機会なので外国の方と一緒になるのがいいそうです。朝から夜寝るまで英語英語英語で徹底的に自分を痛めつけちゃうのがいいんだそうです)。

CSHL meeting はプログラムが密に組まれていて、朝9時に始まり、質疑応答が延々と続くこともあって下手をすると夜11時過ぎまで続き、座っているだけでクタクタになりました。とにかく英語が速い!英語が母国語でない人への優しさが全く感じられない速さでした。スライドを見て、耳に入ってきた単語と組み合わせながら意味を汲み取ってメモしていく事をできる範囲でやりました(というのも帰ってから
学会報告が課せられていたからなのです)。一日も終わる頃には私の頭は完全に容量オーバーしヒューズがとんでしまいました。聞きしに勝るハードさです。講演では活発に質議応答がなされていました(日本では分子生物学会が活気があると聞いていますが、それ以上でした)。ある分野での大御所が若手の研究者に向かって「君の理論は素晴らしい!ところで(君の理論って)何だったんだ?」というようなコメントをしていたりして、これが噂に聞く若手イビリなのかと思いました。

聞くところによると、今回の口頭発表者は、おエラ方ではなくポスドクや院生といった若手の人が多かったそうです。CSHL で口頭発表して認められるということが一つのステータスとなっているようです。ポスター発表では会場に入るだけで人いきれで熱いくらいの活気です。少しくらいは scientific な会話も英語でせねば---と会場内へ突入しました。一通り見て回った後、一旦会場から出て、ノートの上で質問を英語で書いてみて、口に出して練習してから、目的のポスターへ、いざ、出陣!。

こちらの言うことは通じても、細かいことが聞き取れない。だから、1つの話題で長い間話すことはできませんでした。こみいった質問もできなかったんですが、貼ってあるポスターを利用して、指を差したり、ジェスチャーも交えながら健闘はしました。とりあえず、初めに考えていった質問の答えは理解できたと思います。こうやって聞いていると、「あなた、何をやってるの?どこの人なの?こういうことに興味あるの?」と聞かれます。そこで「ATF6 について研究しています」というと、「ああ、 Dr. Mori のところなのね」と納得され、森先生の認識度の高さに驚きました。日本人が日本で知られているのはわかるような気もしますが、国際的に「名前」と「顔」と「研究内容」とが一致して認識されているのは限られた人たちだけのように思います。CSHL で発表されている人たちは、自分自身がいつの日かそういった限られた人たちの中に入り、その分野の中心で活躍したいという夢をもって会に臨まれているような気がしました。森先生はそういう夢をもって CSHL に赴き何年もかけて苦労されながら自身の研究でプライオリティーを勝ち得た生き証人なんですね(詳しいことをお知りになりたい方は森先生が執筆されたシャペロンニュースレター (1997) vol. 1, p. 12-15, 同じく(1998) vol. 2, p. 15-17を御参照下さい)。私は三十路を越えて、初めての国際学会を体験しました。研究を志す学生の皆様へ。できれば20代の、頭が柔軟で、かつハングリーさも持ち合わせている、そういう時代に外国に出られるのがいいと思います。憧れの、将来の目標をそこに見つけることができるでしょう。そして、心の隅の野心に密やかに火を灯し、目標に向かって邁進し、いつの日か世界の舞台の中央に立って下さい!